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青い桜は何を願う

第9章 かなしみの姫と騎士と


 先週、夕刻、さくらが氷桜の毒に冒されて、聖花隊と思しき少年達に狙われた時、救い出してくれたのは莢だったのか?

 思い返せばあの時も、懐かしいミントの香りに包まれていた。
 莢の気配にとても似ていた。桜の匂いも鼻を掠めた。

 もつれた胸裏の糸がほどけるより先に、さくらから、莢の腕がほどけていった。

「ごめん、私……どうかしてるみたい」

 さくらに、莢の表情(かお)は確かめられなかった。
 代わりにさくらは、芝生に屈んで紙袋を持ち上げた莢の背を見つめる。

 どうかしているのは、さくらだ。

 さくらは口舌にならない想いをもて余す。

 何故、莢は本当のことを話してくれない?さくらを憎んでいるからか。







「さ、どうぞ」

 さくらは莢の用意してくれたレジャーシートに腰を下ろした。
 バニラビーンズの入ったスコーンに、蜂蜜を和えた蒸し鶏が乗ったコールスロー、人参とレタスの生春巻き、そうした色とりどりの献立が、レジャーシートを彩っていた。
 莢が、水筒からアイスティーを注いでくれた。さくらがカップを眺めていると、たちまちパッションフルーツの香りが上った。

「さくらちゃんのお口に合えば良いんだけど」

「そんな、莢ちゃん」

 さくらは首を横に振る。
 好きなものばかりで吃驚しているくらいだ。というよりも、レジャーシートに並んだ品々は、正確にはリーシェの好んだカイルの手料理だ。

「美味しそう。莢ちゃん、お料理上手なのね。早速いただいて良くて?」

「うん。そんな顔してくれるなら、私も作った甲斐がある」

「顔……?」

「さくらちゃんは笑顔が素敵だってこと」

 莢の蠱惑的な微笑の方が、何千倍も何万倍も、魅力的だ。

 さくらは反駁したくなったが、大好きな莢が笑顔を褒めてくれたから、胸がいっぱいで声も出ない。

 口を開けば、止め処ない幸せが、身体中から一溜まりもなく溢れ出てしまいそうだ。

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