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青い桜は何を願う

第4章 私達にリングはいらない


「でもね、さくさく。どうせなら声聞くだけじゃなくて、同じ部活に入って側にいたいと思わなかったの?」

「それは、お裁縫が、好きだから」

 もとよりさくらは、仮にここまで手芸部にこだわっていなかったとしても、このはの側にいるよりは、遠くから憧れていたかった。

 事実、さくらは一昨日までの方が幸せだった。
 このはを見かけてもまだ平静でいられたし、ただただ毎日が楽しかった。部活動をしている最中、思いがけず家庭科室に聞こえてくる可憐な声に、胸が弾んだ。

 それなのに、さくらは一昨日からこのはに関わる度、切なくてたまらなくなる。

 触れたいのに触れたくない、一緒にいたいのに距離を置きたい。

 さくらはこのはといると夢心地になれるのに、窮屈でもあった。

「ま、さくさくは才能あるものね。一番の仲良しが同じ部活だと楽しいし、あたしはさくさくが弦祇先輩を気に入った後も、転部しなくて残ってくれて良かったわ」

「……まりあ……」

「それよりさくさく、最近オードトワレつけている?桜餅みたいな、可愛らしい香りがするわ。それともシャンプー?」

「っ……」

 さくらは、今度こそ心臓が跳ね上がるかと思った。

 身体からこぼれる甘辛い匂いは、左腕の痣の仕業だ。さくらがミゼレッタ家の継承者、リーシェとして生きた証が、生まれ変わった今でも、こうして刻まれているからだ。

「あ……わ、分からないわ。コロンなんてつけないし……シャンプーだって、私、癖毛酷いから、匂いより保湿力のあるものを選んでいるもの」

 さくらは、形状記憶パーマもあてていないのにくるくるふわふわ、フランス人形のウィッグをほぐしたみたいな自分の巻き毛を指先でもてあそぶ。この髪も、リーシェの名残なのかも知れない。

 薄紅色の花咲く木々が、窓の外から覗いていた。

『おはよ、さくらちゃん。知り合いの家に定期を忘れてきちゃってね、引き返すのも面倒だったから、今歩いて学校向かってるんだよぉ。かなり体力ヤバいけど、これって痩せるかもー!着いたら抱き締めて欲しいなぁ♡そんなわけで昼休み遅れそうだから、さくらちゃんもゆっくり屋上来てくれて大丈夫だよー。このは』

 このはからメールが届いた頃、さくらの衣装の半分に、桜の造花がついていた。

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