
青い桜は何を願う
第4章 私達にリングはいらない
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リーシェには許嫁がいた。
縁組みを両親から知らされたのは、十六歳の誕生日を迎えて暫く経たったある日のことだ。
リーシェもカイル、いつか来る恋の終わりを覚悟していながら、本気で互いを愛していた。
氷華の王宮は、瑞々しい緑の庭園に囲まれていた。
春は桜の花が咲き乱れ、夏は新緑、秋は紅葉が美しい、それは楽園のような庭園だった。
ある春の日の昼下がり、リーシェとカイルが人知れず誓いを立てたあの時も、二人、満開の桜花に囲まれていた。
『綺麗……。春が終われば散ってしまうなんて、桜って本当に淋しい花だわ。だからカイルは、以前、桜なんて好きではないと言っていたのね』
『申し訳ありません。城に上がった頃、俺は未熟者でした。リーシェ様のご贔屓のお花だとは知らずに、あんなご無礼を』
『気にしていないわ。ねぇカイル?一年はあっと言う間に過ぎてゆく。昨年ここで桜を眺めた私達は、今年もこうして一緒にいるわ。だから私達、来年も再来年もその先も、一緒にこの美しい風景を見られるわよね?』
王女専属の護衛の騎士には、その生涯を主に捧げる決まりがあった。それは王女が配偶者を得ても変わらない。
近い将来、リーシェが婿を迎えても、カイルとの縁が断たれる理由はどこにもなかった。
『リーシェ様のご所望とあらば、喜んで』
リーシェの手が、カイルのそれに掬われた。
美しい騎士が、スマートな身のこなしでひざまずく。
リーシェは、自分を見上げてきた黒曜石の煌めきをまとう綺麗な瞳に、吸い込まれそうになった。
『私は……俺は幸福です、リーシェ様。氷華という美しい地に生まれ育ち、貴女様という、どんな花にも優る気高く貴い姫君をお守り申し上げる役目を授かりました。このような運命を与えて下さった神に、感謝しております』
『カイル……』
『俺の行く先は、これからも、リーシェ様のお側の他にございません。このカイル・クラウス、来年も再来年も、何十年とて、リーシェ様ただお一人にお仕えします』
『──……』
カイルの艶やかな唇が、リーシェの左手の薬指に触れてきた。
『……カイルっ……』
『忠誠の証です。指輪は差し上げられませんから、この魂を……リーシェ様に約束します』
