
青い桜は何を願う
第4章 私達にリングはいらない
「それ。どこで栽培しているわけ?」
「さぁな。ただの睡眠薬だが?」
「ふざけ──…っ、……」
莢は窓際を離れた瞬間、今まさに殴りかかりかけた標的を見失った。
譲治が、周りのもの全てがぼやけていって、一瞬、視界が消えたのだ。
身体を支えていた芯が抜けて、猛烈な目眩に抗えなくなる。
「っ、はぁ……」
「おっと、薬が足りていなかったようだ」
「触、るな……くっ、ぅ……」
腰を上げかけたところで肩を押さえつけられて、片腕をぐいと掴まれる。
チュールレースのあしらってある袖をまくり上げられるなり、腕が、ずきりと痛んだ。
仄かに戻ってきた視界を凝らすと、動脈に刺さった注射針から、淡い青の液体が注入されていた。
「はぁっ、……」
「すぐに良くなる」
あの時と同じだ。否、あの時だけではない。
莢は、身体に異変を覚える度、得体の知れない青い薬を投与されていた。
ことの発端は、カイルの悪夢による不眠症だ。莢はある時、例の悪夢に耐えかねて、祖父母の勧める心療クリニックに駆け込んだ。そこで出された睡眠薬に、麻薬の成分が含まれていたのだ。
莢は譲治に催眠療法を提案されて、意識をなくしていた間、強引に、あの記憶を引っ張り出されていた。時枝は銀月の分家に当たる。譲治もリーシェを狙っていたのだ。莢がそれを知ったのは、体内で氷桜が定着してから、随分後のことだった。
「カイル・クラウス……「花の聖女」をおびき寄せるに相応しい餌だ。こうしてもう少しの間、生かしておいてやる」
「私の前から、消えて。薬はいらない。あんたの思い通りにはならない」
「その痩せ我慢、もって一週間としよう」
「──……」
それは強ち脅迫ではない。
譲治から定期的に届けられる錠剤も、怪しげな注射も、その原料は氷桜だ。
リーシェを狙う組織の一つが、氷桜の実験場を抱えているという。譲治の所持している薬剤の出どころも、おそらくそこだ。
氷桜は、それを受け入れる体質によって効果を変える。
莢の場合、中毒性が甚だしい。氷桜を定期的に摂取すれば、何事もなく生活していられるが、それが続けば続くほど、体内でそれが薄れた時の代償が膨らむ。
助かる方法は、ただ一つ、青い花の痣を身体に刻んだ人間か、或いは彼らと性交した人間と、同じことをすることだ。思い当たる人物などいない。
