
触れたくない。
第3章 三
「や、やあ筧君」
後ろを振り返ってすぐ、私は顔を引き攣らせた。
振り返れば鬼、なんて言葉が自然と出てくる。
「やあじゃねえ。お前、今日ボーっとしすぎなんだよ。さっきだって部長睨んでたぞ」
仁王立ちの男が鋭い眼光を私にむけてそう言うと、「お前のミスのカバー何回したと思ってんだよ」と苛立たしそうに不満をボソリと付け加えられる。
彼が不満を零すのも頷ける。今日一日中手紙のことばかり考えて、小さいとはいえミスを何度もしてしまったのだ。
その後処理は、同僚である彼に押し付られていたらしいから尚更だ。
「ご、ごめん」
「…素直すぎて怖いんだけど」
「……」
こんな嫌味を返す元気もない。いつもなら言い返すところだけれど、私はひと睨みだけして彼から離れようとした。
が、
「待てよ」
後ろから手首を掴まれてそれは叶わず、足が強制的に止まる。
こんな風にこの人に引き止められるのは初めてで、
私は半ば驚きながら彼の顔を見た。
「何?」
「もう定時だけど帰らないってことは、いつもの用事がないのか?」
