
触れたくない。
第4章 四
いつだって、この人はのらりくらりとしていて。
時々、浮べる笑顔が怖いと思う。
「こちらからは何もしない。君がしたいようにすればいい」
「…七瀬さんは意地悪です…」
私が彼を”七瀬さん”と呼び、こうして抱き合うようになって一ヶ月。
「七瀬さん…、」
「ん?」
七瀬さんの口から私の名前を聞いたこともなければ、
彼は一人称を口にしたことがない。
だからその分不安が大きくなって、この人は一体何者なんだろうと考えてしまう。
笑顔の下で、何を考えているのだろうと、思ってしまう。
伸ばした手で彼の頬に触れれば、七瀬さんは気持ち良さそうに目を瞑った。
「本当の七瀬さんはどこにいるんですか?」
「、」
七瀬さんは、瞑っていた目をゆっくりと開けた。
「随分、急な質問。楽しいことはやらないのかい?」
そして意地悪そうに目を緩ませる。
本当に狭い人。いつもいつもこうして私を試す。
だけど、今日は。
「七瀬さんは、したいですか?」
私が狭い。狭くて、面倒な女だ。
