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彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~

第1章 友達でいたいのに


さっきとは違い、いつもの無愛想な渡辺くんに戻っていた。
自転車を止めて、大きなセーターをかぶって頭を出すと、男の子の匂いがした。すごく、大きい。男の子ってこんな大きいの着てるの?
自転車をこぎながら、後ろから見る渡辺くんは、長い脚が外側にはみ出していた。
信号待ちで止まると、風をはらんでいたシャツの背中がすうっとしぼんで、肩の形がみえた。
渡辺くんは、沈黙というものが苦にならないのか、私が話さなければ何も言わなかった。
さっきは、甲斐のことや自分のことを色々話してくれたのに。
ポケットから携帯電話を出して、時間を気にしているのか誰かからのメールを待っているのか、さっきから何度か見てはぱたん、と閉じている。

「あ、もし何か予定あるなら、ここでいいよ。もう近くだし」
「いや…うちまで送るよ。ここから、人通り少なくなるだろ」
「うん…メール、来るの?誰かから」
「母さん」
「えっ」
「母さん、仕事してっから、よく帰りに買い物してこいってメール来るんだ。いつもこのくらいの時間にくるからさ、今なら都合いいから。けど、まだみたい」
「甲斐も渡辺くんも、えらいね」
「甲斐んちは、姉ちゃんがうるさいから。おばさんより細かい」
「渡辺くんは?兄弟いるの?」
「弟が、いた…いや、いるけど」
「いた?」

それ以上、聞いてはいけないとわかっていたのに、知りたいと思った。
信号が青に変わり、再び私たちは自転車を走らせた。そしてもう、渡辺くんの弟のことを聞く機会は失われた。

「ありがと。ここ、うち」
「あ、ここか」
「上がって、お茶でも飲んでく?って感じでもないか…」

私のことを何とも思っていなくて、しかも彼女のいる男の子に言うことじゃないと気づいて、最後はフェードアウトしてしまった。

「いや、母さんからメール来た。買い物頼まれた」

嘘か本当か、渡辺くんは携帯を開けてそう言った。もしかしたら、明かりのついていない家を見て、そういうふうに言ったのかもしれない。

「ほんとに、ありがとう。…甲斐のこと」
「うん。じゃあな。また明日」

前を向いたまま手をあげて、渡辺くんは角を曲がった。

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