テキストサイズ

彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~

第1章 友達でいたいのに

次の日、学校の玄関で笑いながら登校してくる甲斐と渡辺くんが見えた。

…何なの?昨日あんなに険悪だったのに。一晩で何がどうなって、あんなふうに戻れるの?

靴箱で目が会うと、甲斐はばつが悪そうにうつ向いた。しゃがんで靴をしまって顔を上げると、すぐ横に甲斐がいた。

「わ、びっくりした」
「…昨日は悪かったな」

Vネックのカーディガンを、きっちり胸の辺りまでボタンを掛けて、野球部のバッグを無造作に置いて。夏に真っ黒に日焼けしたのに、もう元に戻りかけている。

「あ、うん。渡辺くんと仲直りしたの?」
「…仲直りとか、そういうんじゃない。いつものことだから」
「そっか」

うん、とうなずいて甲斐は、部室寄ってから
教室行く、と言ってまた外に出ていった。

謝るために、わざわざ来たのかな。

そう思うと少し胸が痛んだ。
甲斐のこと、何も知らないで勘違いしていた。
中学の頃からずっと、建前の甲斐を見て、知ったつもりになっていた。
走っていく甲斐の後ろ姿が、今までと違って見えた。

高校1年の、冬になる前。
この日を境に、甲斐はあまり笑わなくなった。
それは、ずっと見ていた私にしかわからない変化だったかも知れない。

寒い冬の間も、野球部員は限られた時間の中で練習していた。
この街にしては珍しく、グラウンドには雪が積もった。
それでも、ぬかるむ土をはね上げながら走り、
凍える指からは力強い白球が放たれ、ひとまわり大きくなった身体は、より遠くに打球を飛ばした。

努力は、実る。

刺すような寒さがふと和らいだある日。
彼らは初めての、その地への切符を手に入れた。
甲子園。
一足はやく、春はやってきた。
みんなが笑っていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ