テキストサイズ

彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~

第2章 友達でいたかった

練習を終えて広明と自主練し、寄り道はせずに家に帰った。
勉強していると、マナーモードにしている携帯が震えた。奈緒子からのメールだ。

『明日一緒に帰ろう』

練習のない水曜日は、いつも一緒に帰っているのに、なんでわざわざメールを…と思ってすぐにわかった。
僕から送ったメールの履歴を見ると、最新が3日前だった。

「…『正門前で待ってるよ。どっか行こうか』っと…」

慌てて返信をする。…わざとらしいかな。
メールも、普段は用がないと送らない。でもそれがダメなんだと広明は言う。だから意識して、電話したりメールしているがすぐに忘れてしまう。たぶん、それで少し奈緒子はさみしい思いをしている。
付き合うとか、正直なところよくわからない。付き合い始めてもうすぐ1年がたつのに。
別に好きだったわけじゃない。誰とも付き合ってないなら、私と付き合ってと言われたからだ。
好きな女の子がいた。
まだ父と暮らしていた頃。
毎年夏休みには、母の実家のあるこの街に遊びに来ていた。電車を降りると、駅前に花屋があった。
僕らが帰省するころは、必ず大輪のひまわりが店先に出ていて、その隣にはいつも女の子がいた。
店番の真似事のようなことをしている女の子が
僕の初恋だった。
10歳になり、この街に住むことになった日、僕は真っ先にあの花屋に向かった。
そこはもう、知らない店になっていた。
それから5年が過ぎ、中学3年の夏になる前。
バッテリーを組む親友の広明の、友達が試合を見に来ていた。試合が終わって、広明に紹介されたその子が、ひまわりの女の子だった。
髪が伸びていた。でも笑顔はかわっていなかった。
僕のことはおぼえていないようだった。緊張のあまり何も話せなかった。その子は、千咲と言った。千の花が咲く、って書くんだ、と広明に聞いた。
千の花が咲く。
花屋の女の子だと確信した。

「あいつ、野球の試合、見たことないって言うから」

広明は、そう言って笑った。
言わなかったけれど、広明は千咲が好きなんだと思った。
そして僕は千咲をあきらめた。
広明には、勝てない。
僕は、あんなふうには笑えない。
その日、広明は逆転ホームランを打った。
スタンドでは、ひまわりのように笑う千咲が、
広明を見つめていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ