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第99章 voyage by アロエリーナ


「…翔くん。ちょっと、手を貸してくんない?」

遠くの部屋から、俺を呼ぶ細い声が聞こえる。

小さなキッチンで、二人分の軽いランチを作っていた俺は、手を止めてアトリエの方へ向かった。

「どうしたの、智くん」

白いキャンバスの前で車椅子に座り、子猫のように背を丸めていた彼は…
ゆっくり振り向くと、柔らかく微笑んだ。

「今日は天気が良いから、海を描きたいな。
外まで連れてってくんない?」

俺もつられて、頬が緩む。

「よかった。それ位なら朝飯前だよ。
『作品手伝って』と言われたら、どうしようかと」

彼は、くしゃっと破顔一笑した。

「それは無いから、安心して。
それに今は、昼飯前じゃない?」

…失礼だな。慣用句だし。
ブツブツ言いながらもキャンバスを抱えて、車椅子をバルコニーまで押していった。


開けた視界に、広大な自然の青がいっぱいに映る。

きらめく海面は穏やかに凪いで、
果てない青空には綿菓子のような雲が幾つも浮かび、
ゆっくり、ゆっくり流れていく。

まるで、今の俺たちの時間みたいに。

トップアイドルとして多忙を極めていた25年ほど前には、思いもしなかっただろう。

最愛の彼と、こんな平穏な老後を過ごせているなんて。

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