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aspirin snow

第3章 * *

 「こちらです。」


2階の客室へと案内しようと、階段に足をかけた私の後ろで、彼の持つ荷物がドスンと置かれる音がした。


 「さすがに、全部持って階段上るのは辛いや。」


ボストンバッグだけを手にした彼が私の後をついて来る。

一人では広すぎるほどの部屋に案内すると、


 「お願いがあるんだけど…」


ベッドの上にバッグを置いた彼が振り向いた。


 「荷物なら、私がお部屋までお運びいたしますので…」


ペンションのオーナーらしい、優等生の返事。
それを遮るように、彼は続けた。


 「荷物は、俺が自分で運ぶから。
  そうじゃなくて…
  俺、仕事に没頭すると時間を忘れちゃうんだよね。
  だから、さ。
  ノックして返事がなくても、
  1日中姿を見せなくても、
  心配しないで、ほっといてもらいたいんだ。」


どんなことでも、できる限りお客様のご要望に応えることが、
このペンションで快適に過ごしていただくには必要だから。


 「もちろん、それはかまいません。
  お食事はいかがしますか?」


荷物を取りに、階段を下りようとする彼の背中に問いかけると。

 「夢中になると、2、3日飲まず食わずなんてこと、普通なんだ。
  食べたいときには、声をかけるから。
  俺が部屋から出ないときには、
  ただ放っておいてくれれば、それでいいよ。」


私の問いに振り返ることもなく、彼は片手を上げてひらひらさせながら、
トトントトンとリズミカルに階段を下りていった。

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