僕が僕を殺した理由
第2章 。
「イツキちゃん、可愛いから」
「またまた、タケさんったら」
屈託のない笑顔で、イツキはタケの言葉に微笑んだ。
こういう店に勤め始めてそれなりに日が経っているのか、イツキの水割りを作る仕草は見掛けによらず手慣れて見えた。カラン、カランとグラスに落ちる氷の音でさえ、心地よく聞こえて来る。
「タケさんのお友達?」
出来上がった水割りをコースターの上に乗せ、イツキは僕とタケを交互に見つめた。
「こいつ、朔哉ね。口数少ないけど、怒ってるわけじゃないから」
タケは冗談でも言うように僕に流し目を向けると、にんまりと笑った。相変わらず、一言、多い男だ。
「イツキです。はじめまして」
そう言って差し出された名刺は黒い台紙に、目の覚めるようなショッキングピンク色で印刷された『Heaven』の文字と、おそらくイツキ自らが書いたのであろう、丸文字のその名が白く浮き上がって見えた。
僕は軽く会釈し、「どうも」と呟く。イツキはタケの連れに、そう言う人種を期待していたのだろう。その顔が一瞬、困惑したように見えた。
それに気付いたかのように、タケはすかさず口を開く。場の雰囲気を気にする癖はタケの長所なのだろう。だが、時々、それが態とらしく感じるのは僕の嫉妬心からくるものだろうか?
「そうそう、でな、朔哉にお願いがあるんだけど、友人代表の挨拶、頼めないか?」
「俺がか?」
次に驚かされるのは僕の番だった。僕は思わずタケを凝視する。いくらなんでも、話しが飛躍し過ぎではないか。無神経過ぎるのではないか。僕の台本に用意されていなかったタケの能天気とも取れるその言動に、僕は動揺を隠す事ができない。静寂を取り戻しかけていた鼓動が、再び激しく僕の内部を打ちつけた。
「お前がやってくれたら、絶対、あいつも喜ぶと思うんだ」
「あぁ、わかったよ。けど、あんま期待するなよ。俺、そう言うの苦手なんだから」
僕という器の奥底に押しやった筈の棘を纏った古い記憶がひょっこりと顔を出すように、僕の心がチクリと痛んだ。タケの手の中で握られたままのジッポライターを奪い返し、不満を隠すように煙草に火を点けながら僕はそう答えた。