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秘密中毒

第8章 恋慕



山田くんは食べてる間、産婦人科の仕事について教えてくれた。

学生時代に丸岡先生という産科医に出会って、産科に進路を取ったこと。

その先生が引退した産科を引き継いでいること。

いつお産が始まるか分からないから、遠くへ旅行に行けないこと。

助産師を呼んで家で産む人も増えていて、助産師で対応できない時は山田くんが呼ばれること。

往診は内科にかかるお年寄りが多いけれど、婦人科にかかりたい女性にも人気があること。


「なんか、遠くに行けないとか大変なんだね…」


「まあな。だから医者の肩書きとか見かけで寄ってくるワガママ女には付き合ってられねえんだ」

「そ…そっか。」

やっぱりモテることはモテるんだね…


「でもまぁ、やりがいはあるから」

ふだん仏頂面の山田くんが少し微笑んでそう言ったとき。

あたしの心臓がキュンと音を立てた気がした。


「すごく素敵な仕事なんだね」

あたしは嬉しくなってそう言った。

「………」

山田くんは少しの間、あたしを見つめてから急に思い出したように聞く。

「あやとりは?」

「へ?」

「仕事してんだろ?」

「あ、うん。パートで事務職だよ」

「ふうん。保育士は?」

「結婚までは保育士で…って何で知ってるの!?」

「おまえフツーに言ってただろが、高3のとき。」

「そ、そうだっけ?」
なんて記憶力。あたしは、そんなこと山田くんにしゃべったのかどうか、覚えがない。

言えなかったことばっかり全部、覚えてるのに。


「で、結婚退職なんて古臭いことしたもんだな」

「ふ、古くさ……!? ていうか、あたしはすぐに子どもが欲しかったし、べつに古くは」

あ。

「欲しかった」って…過去形になっちゃった。


そこでいきなり山田くんが

「俺、そろそろ帰るわ。おまえ大丈夫そうだし。」

と席を立った。



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