
秘密中毒
第11章 虚言
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いつの間にか、リビングで眠ってたみたいだ。
玄関が開く音で意識を取り戻す。
「ただいまー」
いつもと同じ声。
いつもと同じ足音。
「ごめんね、今日ちょっと調子悪くて、ご飯できなかったの…先に寝るね。」
早口で言い訳して、あの人がキスしにくる前に部屋に入ろうとするあたしだけが、
いつもと違う。
事後の気だるさが取れていなくて、体が重い。
「待って」
あたしのドアが閉まった瞬間、あの人の声がした。
「熱はないの?」
ドア越しに話しかけてくる。
いつもはあたしのこと追いかけたりしないのに。
今日に限ってどうしてあたしを呼び止めるの?
「熱は…ないと思う」とあたしが言うと
「そうか。この前も出張の時、熱が出たって言ってたから。
明日、朝ごはんは作らなくていいよ。会社も休んだら?」
とドアの向こうの声。
…………
あの人はいつもそう。優しいんだ。
今、あの人がドアを開けませんように。そしてあたしの顔を覗き込んだりしませんように。
ドアに背を向けたまま、あたしはなんとか声を出した。
「……ありがと。寝れば大丈夫だと思う…おやすみなさい」
「…おやすみ」
あの人はそう言うと、ドアの前から離れていった。
もう2年くらい、あの人はあたしの部屋のドアを開けていない。
それはあたしたちの関係そのものだった。
あの人はあたしを見ようとしない。あたしの中に踏み込まない。その態度は同時に、あの人の心の中をあたしがのぞくことも拒んでいた。
そのことがさびしかったはずなのに。
あたしは今夜、あの人がドアを開けないようにと祈った。
―――これで、ホントに離れてしまう―――――
卓也さんとの関係であの人を裏切って半年経っても、あたしはあの人を追い求めてた。
だけど山田くんに出会って、どうしようもなく惹かれて、抱かれて。
(あたし、なんて現金なの)
ポトリ、足下に落ちるしずく。
今初めて、あの人から離れていく自分を思い知って……あたしは泣いていた。
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