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心の色

第1章 影人間

金曜の夕暮れ時、帰宅途中の37歳の男性会社員Aは駅に向かって品川駅前の繁華街を歩いていた。

10月ともなると、まだ6時前というのにすでに日はとっぷりと暮れている。マフラーや、コート姿もちらほらと見えるようになった。

週末を迎え、通りを行きかう人々の喧騒がうっとおしくも心地よい。
ひとときの開放感をあじわっているのだろう酔っ払いの笑いに、そこかしこに立つ呼び込みの声がまじりあう。

実は、Aには他人に言えない秘密があった。言えないのではなく、言わないのだ、と本人は主張するだろう。「言ったところで、バカにされるのがおちさ」、と。
その秘密とは、他人の心理状態が色やデフォルメされた形として見えてしまうという、少しばかり変わった力である。
例えば、怒ったり興奮している人は赤い光のもやに包まれているように見えたり、幸せをかみ締めている人はオレンジに輝いているといった具合である。

とはいっても常に光が見えていると言うわけではない。
たまにかすかな光をまとった人をちらほらと見かける程度である。
おそらく、相手の感情の度合いやA自身の体調などにも影響されるのではないかと彼は踏んでいる。

実際に、今もほとんど光っている人はみあたらず、ネオンのきらびやかな明かりだけが目に付く。
その力は、むしろ呪いのようにXに負担をしいていた。

そんな中、ふと、真っ黒に染まった人物の存在に気がついた。
その人物のまとう闇があまりにも濃いために、顔も性別すらも判別できない。
まるで影法師のようだ。Aは思わずつぶやいた。これ以上ないくらい黒い影は、禍々しい。
最初は、壁にうつった人影かと思ったくらいである。

感情は個人個人によって微妙に違いがでるため、その黒い色をまとった人物がどんな感情を抱えているのかAにはわからない。
実を言うと、その影を見かけるのは今日が初めてではない。ここ数日、朝の通勤時に何回か見かけていた。 だが、この時間帯にそいつを見かけるのは初めてだ。

夕暮れ時の、薄ぼんやりとした光景の中で見るその影の境界線は曖昧になり、いまにも周囲に同化してしまいそうな、ある種の儚さを漂わせている。

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