
不透明な男
第10章 視線
智「あ~だめだ。さっむ!」
俺は、自分の冷えた体を抱き締めた。
翔「…酒でも呑んで暖まります?」
小さくまるまった俺を翔が見つめる。
智「やらし」
翔「は?」
智「おれを酔わせて家に連れ込む気でしょ」
翔「へっ?」
智「夢でおれに無理矢理キスしてる位だもん。何されるか分かんないでしょ」
翔「そっ、そ、そんな事っ」
そんなの考えてませんよ、何を言い出すんですかと翔が赤くなった顔の前で手を振る。
智「ふふっ、真っ赤」
翔「あ、貴方がそんな事言うから」
こうしてりゃ可愛いんだけどな
…すっかり騙されてたよ
翔「あれ…、手首、どうしたんですか?」
俺の赤く痕が付いた手首を、翔はじっと見つめていた。
智「ん…?ああ、これ?」
翔「はい、両手首になんて、そんな痕なかなか…」
智「…んふ、SMプレイ♪」
翔「はっ!?」
驚いて固まった翔に、嘘だよそんな訳無いでしょと俺は笑った。
智「言ったでしょ?おれ、嘘つきなんだ」
目を見開いて固まる翔は、尚も俺の手首を見つめていた。
その視線にゾクッと背筋が震える。
智「どうせもうすぐ検診日だから。また、その時にね」
翔「あ、ああ、はい」
智「わざわざ報告ありがと。翔くん♪」
俺は満面の笑みを翔に向け、翔の反応を見た。
翔「い、いえいえいえっ」
…いつもの翔だ
芝居してんじゃねえよ
智「じゃあ…、またね?」
翔「はは、はいっ、ま、また」
翔の好きな仕草。俺は小首を傾げてニコッと笑ってやった。
翔は俺をペテン師だと言ったけれど、お前だって相当だ。
すっかり忘れてたよ。
あの視線にあの気配。
俺に纏い付くあの空気。
あれはお前だったんだね?
なんで気付かなかったんだ。
俺が夜の町で看護師の首に吸い付いていた時、わざと翔に送らせたその視線。
それは紛れも無く、あの、俺に刺さっていた視線と同じだったじゃないか。
俺は、それが翔だという事を知らなかった。
そもそも翔を知らなかったんだから当たり前だ。
だけどお前は知っていた。
ずっと前から、俺の事を見ていたんだ。
