
不透明な男
第11章 背徳
もう来ちゃ駄目だと青年に言われた言葉は、俺を悩ませた。
その言葉にどんな意味があるのだろう、真意はなんだと、少年なりに考えてはいた。
だけど俺は、屋敷に行く事をやめなかった。
正確には、なかば半強制的に連れて行かれていた様なものだったが。
父も母も働きに出掛け、高校を出たばかりの俺は、アルバイトの無い日は家に独りでいる事が多かった。
『行きましょう』
屈強そうな男二人が俺の家の玄関に佇む。
智『や、でも今日は…』
『用事があるのか?』
智『そういう訳じゃないけど、絵を描こうかなって』
『だったら行きましょう』
いつもこんな感じで、親が居ない時を見計らったかの様に男達が俺を迎えにやってきた。
運転席に一人、玄関に二人、その状況に、俺は無理に強そうな男達に逆らう事はしなかった。
というか、出来なかったんだ。
只、立っているだけで俺に威圧を感じさせる。
そんな男達に抗おうなんて、所詮無理な話だった。
社『ああ、智君。今日はあまり時間が無いのだがね、アトリエが完成したから見せておきたかったんだ。無理を言ってすまなかったね』
智『おじさん』
社長に肩を抱かれて話し掛けられる俺を、青年は心配そうに見つめていた。
一通り案内が終わると、豪華な客室で紅茶と高級菓子を食べながら世間話をした。
そろそろ行こうかと、社長が腰を上げる。
それに伴い、俺も腰を上げた。
社『何してる?お前も行くんだぞ』
青『はい…』
社長は顎で青年を促す。
部屋の隅に立っていた青年は、社長の為に客室のドアを開けた。
黒いリムジンに乗せられると、その車は俺の家とは違うルートを辿った。
ある高級そうなマンションの前でリムジンが急に止まる。
社『少し待っててくれるかね。…ほら、行くぞ』
俺にそう言うと、社長は青年を連れて車を降りた。
静かに車を降りた青年の拳は、白く浮き上がる程にぎゅっと握り締められていた。
車窓越しに青年と目が合う。
生気を失った様な顔の中に、力強い瞳が浮かんだ。
まるで、あの言葉覚えてるよね?もう、来ちゃ駄目だよと、俺に念を押すようにその瞳は俺を見つめた。
後に停まった黒い車から、体格の良い男が二人出てくる。
その三人に囲まれる様に、青年はマンションに入っていった。
