
不透明な男
第11章 背徳
呼吸が整う頃には、翔の気配は消えていた。
翔が俺の醜態を見て、どんな感情を抱いたのかは分からない。
だけど、俺と顔を合わすこと無く、いつの間にか消えていたんだ。
A「さて、話してもらおうか」
智「ん?」
A「…ん?じゃねえ。正直になるって言っただろう?」
智「おれ、言ってないよ」
A「はあああ?」
Aのこめかみに血管が浮き上がった。
まるで般若みたいだ。
智「いや、そんな顔されても。だって、思い返してみて?」
眉間に皺を寄せて天井を見上げながら、先程の情事をAは振り返る。
智「ね?おれ言ってないでしょ」
A「確かに…」
ふふんと俺はドヤ顔をした。
その俺の隣でAの目は点になっている。
智「はい、おれの勝ち」
A「お前、俺を騙すとはいい度胸だな…?」
眉間にも血管が浮いた。
そんなに浮かせると血管切れちゃうんじゃねえか?という程だ。
智「な、なんも騙してないよ、お願いしただけじゃん。イカせて…って」
A「まあ、あれは満点の表情だったな」
智「でしょ?」
A「あ、まさかお前…、あれも芝居か?」
智「んふ」
はあああ、たまんねえなお前とAは頭を抱えた。
A「全く…、本当のお前はどれなんだ」
智「さあ?おれも分かんないし」
A「…はあ、お前には敵わないな。分かった、いいよ。言いたく無いんなら聞かねえ」
おっしゃ、完全に勝ったなと、心でガッツポーズを決めた。
A「問い詰めたい訳じゃ無いんだ。ただ、聞きたかっただけなんだよ」
智「…なにを」
A「アイツの事だよ。なんで居なくなったか、それを知ってるのは、社長を除くとあの子だけだろうからな…」
アイツとは、あの青年の事だ。
俺を救ってくれたあの、青年。
Aは本当にあの青年の事を心配しているのだろう。
だけど言えなかった。
だから、言えなかったんだ。
でもそんなのは綺麗事なのかもしれない。
俺のせいであの青年は居なくなったんだと、言う勇気が無かっただけなんだ。
俺のせいであの青年は死んだんだと、言えなかった。
