不透明な男
第11章 背徳
そうだ、殺せばいい
感情なんてものがあるから苦しくなるんだ。
だったらそんなもの殺して失くしてしまえばいい。
家に帰ってきた俺は、シャワーを浴びながらそんな事を考えていた。
俺は弱い。
今、必要なのは感情なんかじゃない。
むしろそれが俺の邪魔をする。
さっき、マンションの前でやはり気配を感じた。
男に抱かれる俺に、強い気配を感じさせておきながらすっと消えたその気配。
それをまた、感じ取った。
一体どんな気持ちで俺を感じていたんだろう。
そんな事を考えてしまうのは、俺に感情がある証拠だった。
だけど、それが面倒なんだ。
翔の考えている事なんて分かる訳無い、どうだっていいだろそんな事、と自分に言い聞かせる様に頭の中で繰り返した。
ドアの外で、悲しい顔をしていたんだろうか。
振り払っても、翔の顔が浮かび上がる。
悲しい顔なんてする訳が無い。
だってアイツは、俺を狙っている。
その目的は分からないけれど。
頭をブンブン振りながら部屋に戻ると、やはりドアが気になった。
いる筈も無いのに、何故か俺はドアに忍び寄る。
そっと除き穴から外を覗くと、そこにはなんの変鉄もない静まり返った通路が見えた。
智「くくっ、やっぱおれ、頭おかしくなっちゃったみたいだな…」
何故か笑いが込み上げた。
通路を不信に思い、勇気を出して覗いてみれば誰もいないときた。
全く滑稽だった。
智「こんなのいらない…」
なんで皆俺の変わりに居なくなったんだ。
俺が消えればよかっただろ?
智「苦しいよ…」
どうして俺なんて助けようとしたんだ。
俺なんて見捨てればよかったのに。
智「うぅ…っ、く…」
どうして俺は生きているんだ。
あの時どうして俺は、生き延びてしまったんだ。
智「気持ちなんていらないんだよ…」
この溢れる涙も、張り裂けそうな胸の痛みも。
自分で治める術を俺は知らないんだ。
こんなんじゃ、何も先に進まない。
俺を殺さないと駄目なんだ。