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不透明な男

第12章 惑乱




A「良かった…。アイツは、お前を助けられたんだな」

智「うん…」


俺の記憶を辿り、あの青年の話をする。
息を飲んで聞いていたAは、少し安心したように呼吸した。


B「で…、どうなったんだよ。逃げられたのか…?」


不安そうな顔をして俺に問いかける。
俺はその顔を凝縮する事が出来なくて、目を伏せると少し、息を吸い込んだ。


智「…逃げられなかった」


会話をする事によって少しだけ和らいだ空気が、また固くなった。


B「え…」

智「四方から車が回り込んできて」

A「上手く撒けなかったのか?」

智「道を塞がれて、逃げられなくなった。…捕まったんだよ」


俯いたままの俺でも分かる。
二人は青い顔をしているだろう。

当時の俺はバカだったから分からなかったけど、捕まったらどうなるのかなんて、コイツらには容易に想像出来るんだ。








『降りろ』


前方と後方を車に塞がれる。横には逃げられそうな道も無かった。


青『心配しないで。君は、このまま乗ってて』

智『で、でも…っ』

青『大丈夫だから、ね?』


ふわっと俺に笑顔を残すと、青年は潔く車を降りた。
怖がる俺を安心させる為だったのだろう。
何も怖くなんて無いとでもいう様に、あっさりと車を降りたんだ。


それからは何があったのか俺にも分からない。

車を降りた青年は顔を腫らした男に何やら言われていた。
多分俺を逃がした事で社長が怒ったのだろう。
口の端から血を滲ませた男は青年の胸ぐらを掴み、黒い車に押し込んだ。

すると俺の隣にも男が乗り込んできて、一言も言葉を発さないまま車は走り出した。


智『あ、あのお兄さんは…?』

『さあな』


男はぶっきらぼうに答える。


智『酷いこと、されてないよね…?』

『お前が逃げるからだ』


チラッと俺を見て、男は言った。


『お前のせいだよ』


心臓が止まるかと思った。

ずっとバクバクと暴れていた心臓が、大きく鼓動を鳴らし、次には動く事を忘れたようだった。


何をされるかわからない。

社長が怒るとどうなるのかなんて知らない。


いつも優しいおじさんで、そんな怖い所なんて見た事も無ければ聞いた事も無かった。




だけど何故か、俺の身体は震えが止まらなかったんだ。





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