不透明な男
第3章 自覚の無い男
人の気配で目が覚めた。
辺りは既に明るく、朝になっていた。
寝ぼけ眼の俺の脇に看護師が体温計を挟む。
看「後で先生が来ますので、それまで何処にも行かないで下さいね♪」
看護師は俺の脇から体温計を引き抜くとニコニコして病室を出て行った。
廊下から若い女性達の沸き上がる声が聞こえた。
…なんだ?騒がしいな。
コンコン
ドアがノックされると、まだ若そうな医師が病室に入ってくる。
医「相変わらず人気がありますね。看護師達が浮き足立ってますよ。」
爽やかに笑いながら俺に言う。
智「はい?」
医「貴方の事ですよ、大野さん。」
おおの…
大野?おれの名前か?
そういえば、苗字聞いてなかったな…
医師はクスッと笑うと俺に聴診器を当てようとする。
俺に伸びてきた手が急に止まる。
智「?」
どうしたのかと俺は医師を覗き込む。
医「お、大野さん… つかぬ事をお伺いしますが、昨夜は何を…?」
俺の首元を見ながら、医師は顔を赤くする。
智「え、何って…なに…」
俺は不思議に思い、ベッドに座ったまま姿見を覗き込む。
智「!」
あの男…
ちくしょう、やられた。
男に着せられた深く胸元が空いたVネックのシャツからは、紅い痕が覗いていた。
医「まさかと思いますがそれって…」
智「あ、あぁ、なんか、刺されたんだよ。」
医「あ、虫刺されですか?」
智「う、うん。そうみたい。」
いやぁもう痒くて痒くて、なんて猿芝居をしながらなんとか誤魔化す。
明らかにキスマークだって分かりそうなモンなのに…
この医者大丈夫?
普通に信じちゃってんですけど。
あぁ、コイツなら大丈夫だ、チョロいな。と油断し始めた俺に医師は続ける。
医「いえ、ね?昨日私、当直でして、こちらの病室の前を通り掛かったんですよ。」
俺はドキッとする。
医「その時、何やら病室から音がしまして。」
心配になった医師はドアにノックしたらしい。
しかし、急に静まり返った部屋からはなんの反応も無かった。
超特別室には鍵が掛かっており、鍵を取って戻ってきた時には特別おかしな様子はなかった為、そのまま病室を通り過ぎたのだと言う。
智「鍵なんて掛けれるの…」
医「超特別室ですから。」
医師はニコッと笑った。