
不透明な男
第3章 自覚の無い男
基本、病室には鍵を掛けてはいけないらしい。
だが、あの男の猛抗議に遭い、命に関わる病気でも無いからと許してしまったようだ。
智「あの…あの男の人って、一体誰なんですか?」
医「と、いいますと?」
智「や、名前も教えてくれないし、どこの誰かもわかんないから…。」
医「はぁ…、まだ思い出されて無いんですね?」
智「あの人、名前なんて言うの?」
医「あー…、それは、すいません。口止めされてまして。」
医師は苦笑いを浮かべる。
役に立たねぇ医者だな。と、俺は心の中で舌打ちをした。
医師は俺のシャツを捲ると聴診器を胸に当てた。
ヒヤッとした感触に身震いする。
医「あ、冷たかったですか?ちょっとだけ我慢して下さいね。」
智「はい…。」
医師は俺をくるりと回すとベッドに横たえ、背中にあるという打撲跡を探す。
冷たい手が俺の背中を這う。
医「あれ…こんなとこにも跡あったっけ」
医師は俺の肩甲骨の下にできる凹みに手を這わす。
ゾクゾクする感触に耐えながら俺は言う。
智「そ、そこも、虫…」
医「あぁ、そうでしたか。」
はい、終わりましたよ。と俺を起こす。
医「頬のキズもほぼ消えましたし、背中も問題無さそうですね。」
智「あ、はい」
医「あとは…大野さん、少しは何か、思い出せました?」
俺の目をじっと見ながら医師が言う。
目を見るというよりは、俺の瞳の奥を覗き込むように聞いてくる。
その医師の真剣な眼差しに、俺の置かれた状況が映し出されて、俺は、不安になる。
