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不透明な男

第14章 終幕






智「う…、や、やめ…っ」

A「成瀬、おい成瀬!」


知った声が脳を掠める。
その声に反応して、俺の瞼は薄く開いた。


B「大丈夫か? しっかりしろ」

智「あ…」


俺の目に、心配そうに覗く二人が映る。


智「こ、ここは…?」

B「向かいのホテルだよ。もう大丈夫、社長は捕まったんだ」

A「汗が酷いな…。水を持ってきてやってくれ」


ああそうか、俺は逃れる事が出来たんだ。
あの悪夢はもう、終わったのか。


翔「大野さん、水を」

智「え…?」


目の前に差し出されたコップを掴もうとした。
すると、フッと俺の横に来た気配が聞き覚えのある声を出す。


智「…っ」


その声を思わず見上げた。
するとそこには、心配そうに顔を寄せる翔がいた。


翔「あっ」


驚いてコップを取り損ねた俺は、ベッドに水を溢してしまった。
そのまま転がり落ちたコップは、床でコロコロと転がる。


智「な、なんで翔くんが…」

A「ああ…、コイツもお前が心配だったんだ」


ベッドの上で毛布を纏っているも、俺の身体は汗だらけで汚かった。
首や胸に付けられた紅い跡も、あの男達の唾液が付いた身体も、翔には見られたく無かったんだ。


智「み、見るな…っ、出てって!」


俺は腹まで落ちた毛布を引き上げ、身体を隠した。
顔も見られたく無くて、ベッドに踞ると頭を枕に押し付けた。


翔「大野さん…!」


踞る俺の肩を翔は掴む。
だけど俺は、未だ小刻みに震える身体を強張らせてベッドにしがみついた。


智「触るな…!」


俺の拒否を示す態度に一瞬部屋は静まり返る。
その俺の背に、小さな溜め息が聞こえるとAは静かに口を開いた。


A「悪いな、少し席を外してくれるか?」

翔「だけど…」

B「坊っちゃんの心配は分かるが、今は見ないでやってくれ」


はい、と小さく返事をすると、翔は部屋を出て行った。
足音がだんだん小さくなって、俺の耳に届かなくなったんだ。


B「ほら、取り敢えず水を飲め。脱水になるぞ」


ベッドにしがみつく俺を抱き起こすと、背を支えコップを俺の唇に寄せてくれる。


翔の姿が見えなくなった事に安堵した俺は、震える唇で、その水を溢しながら飲んだんだ。






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