霧島さん
第5章 志月筧
「…どうしたの?」
汗で張り付いた彼女の前髪を指で流し、頬を手で覆う。
問いかけた声色は、自分でもゾッとするほど優しくて、心の中で苦笑した。
「…筧、さん…」
「あ、ごめん。思わず素に戻っちゃった。怖いよな、」
「違う…んです」
「ん?」
ボロリと、ハナちゃんの瞳から大きい涙の粒がまた零れる。
「、」
ハナちゃんがこんなに泣いてるのに、俺は月の淡い光に照らされた彼女に、思わず見惚れてしまう。
ーーハナちゃんみたいな子は初めてだから、どう接していいのかわからない。
こういう時、抱きしめてもいいのか?
それとも、優しい言葉をかけるべきか?
声を押し殺して泣くハナちゃんを目の前に、焦っている自分がいる。
「筧さん…、ごめんなさい、」
「なんで謝るの?」
「こんな、筧さんの存在を殺すような真似、させてしまって…」
「、」
え、と声にはならなかったけれど、その言葉に思わず口を開いてしまった。
そんなこと、誰にも言われたことなかったのに。
「我に返って、私が私じゃなくなったことがとても怖くて、苦しくて、
それなら、筧さんは一体どんな気持ちで志月さんの《代わり》をしてるんだって…、思って、」
「俺のために…泣いてるの?」
どうして。俺が強引にしたことなのに、なんでハナちゃんが罪悪感に呑まれてるの。