最後の恋
第4章 おでかけ
生まれて初めての海水浴は、彼とだった。
家族で海水浴なんて行ったことなかったから、何を持っていくのか、どこで着替えてどこに荷物を置くのか、何もわからず彼に笑われた。
私にとって、海はシーズンオフに一人で散歩に行く場所だった。
だから初めて来た真夏の海は、砂浜も波もきらきらして、目も眩むようだった。
彼の体はおおげさな筋肉ではないけれどしなやかに引き締まっていて、とても眩しかった。
ベッドで何度も見たのに、明るい陽の下で見ると、まるで生娘のように、私はどきどきしていた。
空気は熱いのに、水は冷たかった。温水プールと全然違う。
波は予測のできないうねりで、これも波のプールと全然違う。
そう言ったら、彼は苦笑しながら、もっといっぱい連れてきてあげたかった、と言った。
私は足のつかない場所で泳いだことがなくて、怖くて浮き輪にしがみついていた。
怖い、と繰り返す私を逞しい腕で包み込みながら、
ほら、きれいだよ、とどこまでも続く空と海と、二つの重なる水平線の先を指差した。
その広大さにふっと肩の力が抜け、彼の肩にことりと頭をもたせかけ、しばし波間にたゆたった。
浮き輪、外せる?と彼が聞いた。
足がつかないでしょう?と拒むと、支えるから大丈夫、と彼は断言した。
暴れないで、僕に捕まって。
そう言われて、こわごわ片腕を抜き、彼の肩にかける。続いてゆっくり頭を外す。
一瞬がくりと体が落ち込みそうになり、心臓が凍りつく。
落ち着いて、大丈夫だから、と耳元で囁かれ、なんとか踏みとどまる。
彼は片手で浮き輪を押さえ、片手で私を強く抱きしめた。
私は両腕を彼の首に回し、息を潜めていた。
冷たい水の中でも、触れ合った肌だけ熱くなっていく。
早く抱きしめたかった。
波音に混じった囁き声と、少ししょっぱいくちづけに、強張った体が溶けていく。
その一瞬だけ、恐怖がほどけて、まるで二人で海の底まで、たどり着けるような気がした。
けれどすぐに彼が、かぽりと私に浮き輪を被せ、怖い思いさせてごめんね、と、足が付く所まで引っ張ってくれた。
もしもここで私が海に沈んだらという想像で、
死ぬことよりも、それで発覚することの方を恐れている私に、
二人で海の底に消えることなど、初めからできはしなかったのに、
生まれて初めての海の中での抱擁とくちづけに、ただ心だけが溺れていった。
家族で海水浴なんて行ったことなかったから、何を持っていくのか、どこで着替えてどこに荷物を置くのか、何もわからず彼に笑われた。
私にとって、海はシーズンオフに一人で散歩に行く場所だった。
だから初めて来た真夏の海は、砂浜も波もきらきらして、目も眩むようだった。
彼の体はおおげさな筋肉ではないけれどしなやかに引き締まっていて、とても眩しかった。
ベッドで何度も見たのに、明るい陽の下で見ると、まるで生娘のように、私はどきどきしていた。
空気は熱いのに、水は冷たかった。温水プールと全然違う。
波は予測のできないうねりで、これも波のプールと全然違う。
そう言ったら、彼は苦笑しながら、もっといっぱい連れてきてあげたかった、と言った。
私は足のつかない場所で泳いだことがなくて、怖くて浮き輪にしがみついていた。
怖い、と繰り返す私を逞しい腕で包み込みながら、
ほら、きれいだよ、とどこまでも続く空と海と、二つの重なる水平線の先を指差した。
その広大さにふっと肩の力が抜け、彼の肩にことりと頭をもたせかけ、しばし波間にたゆたった。
浮き輪、外せる?と彼が聞いた。
足がつかないでしょう?と拒むと、支えるから大丈夫、と彼は断言した。
暴れないで、僕に捕まって。
そう言われて、こわごわ片腕を抜き、彼の肩にかける。続いてゆっくり頭を外す。
一瞬がくりと体が落ち込みそうになり、心臓が凍りつく。
落ち着いて、大丈夫だから、と耳元で囁かれ、なんとか踏みとどまる。
彼は片手で浮き輪を押さえ、片手で私を強く抱きしめた。
私は両腕を彼の首に回し、息を潜めていた。
冷たい水の中でも、触れ合った肌だけ熱くなっていく。
早く抱きしめたかった。
波音に混じった囁き声と、少ししょっぱいくちづけに、強張った体が溶けていく。
その一瞬だけ、恐怖がほどけて、まるで二人で海の底まで、たどり着けるような気がした。
けれどすぐに彼が、かぽりと私に浮き輪を被せ、怖い思いさせてごめんね、と、足が付く所まで引っ張ってくれた。
もしもここで私が海に沈んだらという想像で、
死ぬことよりも、それで発覚することの方を恐れている私に、
二人で海の底に消えることなど、初めからできはしなかったのに、
生まれて初めての海の中での抱擁とくちづけに、ただ心だけが溺れていった。
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