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最後の恋

第5章 くちづけ


彼の住んでいたマンションのエレベーターは、とても狭くて、二人で乗るとそれでもういっぱいだった。

だから、他の住人と鉢合わせると、気まずいからエレベーター一本見送るんだよ、と彼は言っていた。

そんなエレベーターに彼と二人で乗るときは、もちろん他の住人と鉢合わせると、先を譲って、私は何とはなしに顔を伏せていた。

その夜も、なんとなく周囲を気にしながら、私は彼とエレベーターを待っていた。

幸いにもかごの中には人はおらず、私たちはするりとエレベーターに滑り込んだ。

ドアが閉まり、階数ボタンを押すと、のろのろとエレベーターが動き出す。

と、ふいに操作盤に向かっていた彼が振り返り、私を抱きすくめた。

そのまま奥の壁に押し付けられて、唇が重なる。

柔らかい唇の隙間から、ぬるりと熱い舌が侵入し、私の舌を絡めとる。

彼の胸板を押し返そうにも、抱きすくめられ身動きがとれないばかりか、その舌による愛撫で力が抜けていった。

背中の壁から、エレベーターののぼる振動が伝わってくる。

彼の肩越しに、ドアのガラス窓が見え、外に人が立っていたら、と階をのぼる度に心臓が高鳴った。

古いエレベーターが目的階に近づき、もともとゆっくりとした速度がさらに落ちていくと、彼の唇が名残惜しそうに、ちゅ、と音を立てて私の舌先を吸い、そして離れた。

エレベーターが止まり、朦朧とした意識は、外でエレベーターを待っていた人の姿を見つけて現実に引き戻された。

彼は何事もなかったかのように、私の手を引いて、住人の脇をすり抜けていった。

私は唇を顎に埋めるように深くうつむいて、握られた彼の手を、抗議するようにぎゅっと握りしめた。

がちゃりと玄関の扉が開き、私の後ろで閉まる。

私が後ろ手で鍵をかけると、彼はそのまま振り返り、扉に手をついて私を閉じ込める。

今度は外の見えない扉に守られた私たちは、しばらく、靴も脱がないまま、気がねなく口づけに溺れたのだった。

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