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最後の恋

第6章 くちづけのさき


彼と私は、名字にさんを付けて呼んでいた。

習い事の教室では、基本的に皆そのように呼び合っていたこともあったし、

彼にはあだ名もあったが、彼の方が私より年上だったので、それで呼ぶのは何となく気が引けた。

教室では噂になるほど、彼と私は仲がよく見えたらしいので、必要以上に親しく見せたくない気持ちもあった。

けれども二人繋がったその時だけは、彼の声が切なく甘く私の名前を呼んだ。

ギシギシとベッドのスプリングが軋む音と、荒くて熱い吐息と共に、私の名前は呼ばれる。

時には上から私の両手首をマットレスに縫い止めて、唇を唇で塞いだその隙間から、

或いは背中のカーブに沿って肌を重ねられ、のけぞる私の耳を食みながら、

私の腰を激しく揺すりながら、彼の首に腕を回してしがみつく私を抱き寄せながら、

彼は私の名前を、何度も呼んだ。

その声に呼ばれると、私もだんだん狂わされていって、名前を呼ばれる毎に、体だけでなく心がひとかけひとかけ、彼に奪われていって、

今日こそ、これで終わりにするんだという淡い決意が、見る間に溶けていってしまうのを感じた。

最後に体を重ねた夜、熱を吐き出し終えて脱け殻のようになりながらも、私を抱き寄せる彼の腕は力強かった。

切ないほどぎゅっと、私をその胸に刻み込むように抱き締めて、

好きだよ、と囁いて、最後に私の名前を呼んだ。

それきり彼は私の名前を呼ばなくなった。

あの最後の夜に名前を呼ばれたとき、彼に持っていかれた心の一部は、だからもう、永遠に私の元には戻らない。

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