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徳丸ミッション -香山探偵の手帳-

第1章 路地裏の朝

 
 カラーン。細いつま先で空き缶を蹴る。冬の早朝。仕事が終わりかけている繁華街。香山六郎は手をこすりながら白い息を吹きかけた。タバコの自販機の角を曲がり路地へ入る。飲み屋の若い従業員が、ゴミを出しながら大きなあくびをしている。
「お疲れさん」香山が無愛想に声を掛ける。
「あ、どうも、おはようさんです。あれ?早いすね香山さん」
「仕事だから、しょうがねえんだ」独り言のように呟いた。
「マジすか。何すか仕事って」昭吾の声を背中で聞きながら、香山はその場を去った。

今にも崩れてしまいそうなくらいに古びた四階建ての雑居ビルの三階に、香山の仕事場はあった。足取り重く階段を上る。『徳丸探偵事務所』と書かれた扉の前で立ち止まると、こっそり中の様子を伺う。扉の隙間から明かりが漏れていて人の気配がする。じっと耳を澄ますが、話し声は聞こえない。
「何やってんだ」背後から低い声が聞こえた。
「うあ!」振り返ると、古株探偵の秋田正樹がいぶかしんだ表情で立っていた。「あ、秋田さん、おはようございます」。
秋田は表情を崩さないまま「で、何やってんの」と、問い直した。
「誰かいるんですよ」
「他のヤツが到着してるんだろ」
「分かってますよ」
「入りゃいいじゃねえか」
「習性ってヤツです」
「何だい、そりゃ」と、言いながら秋田が扉を開けた。「あんまり余計なところに神経使いなさんな。疲れてしょうがねえぞ」。
「確かに」
香山は照れたように笑い、秋田の後について事務所に入った。
「悪いな、朝っぱらから」
 先に到着していたのは、徳丸探偵事務所の所長の徳丸新次郎であった。石油ストーブが焚かれていてアルマイトのヤカンが湯気を出している。
秋田は自分の机にカバンを置きながら、「たまにはいいもんです、朝の繁華街を歩くのは」と、徳丸に返事を返した。
「おはようございます」
 香山が挨拶をする。
「中の様子を伺うのはいいが、鼻息は抑えろよ」
「え?あ、はい。階段で息が上がっちまって」
「頼むぜ、若いんだからよ」

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