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徳丸ミッション -香山探偵の手帳-

第1章 路地裏の朝

「二人いると睨んだんですけど、ボスだけだったんですね」香山は、また照れたように笑った。その時、激しく扉が開いた。一瞬緊張が走る。現れたのは同僚の大倉幸枝であった。
「すみません、遅くなりました!」
「遅刻じゃないんだから、構わないよ。寒かっただろ」と、徳丸は微笑みかけた。
「寒いですね。・・・みなさんずいぶん早いんですね」
 大倉はストーブの上で手を軽く揉んでいる。
「俺と秋田さんは、今来たところさ」
「そう?よかったぁ」そう言うと、大倉は席に着ついた。
「ボス、今日のメンバーは」
「これだけだ」
 秋田の問いかけに、徳丸が答え。
「ボス。俺たちだけが呼ばれたって事は、今回も徳丸ミッションって事ですか」と、香山が尋ねた。
「そういう事になるな」
 徳丸探偵事務所では、素行調査など通常業務の傍ら重要犯罪にかかわるミッションを行う事がある。ミッションDだ。場合によっては命がけでミッションに臨む事もあり、それなりにキャリアを積んだメンバーでかかる事になっていた。また、企業に入り込みスパイ行為を行うミッションC。徳丸ミッションはそのどれとも異なる、さらに特別なミッションであった。
「今回の依頼は・・・絵だ」徳丸はそう言うと、一枚の画用紙を取り出して掲げた。鉛筆で湖や山などの風景をデッサンしているような、言うなればどこにでもあるような絵に見える。「この絵に出てくる、人物を捜してほしいそうだ」
 一見人らしきものは描かれていないが、よく見ると小さな小屋のような建物の近くに、それらしきものがある。これを捜せというのか。しかしメンバーは驚く様子はない。
「分かりました。詳しい話を伺いましょう」
秋田がそう言うと、それぞれ徳丸の机の周りに近づいて行く。
「何で、こんな早朝に召集をかけたんですか」
大倉が、疑問を口にする。
「時間がないからだろ」と、香山が口を挟んだ。「任務完了の期限は?」
「彼女が、今夜眠るまでだ」
 奥の応接室から中年の女が現れた。
「松葉弘子さんだ。詳しくは彼女が話してくれる事になっている」
 松葉は会釈して、かすかに微笑んだ。メンバーも、それぞれ軽い会釈を返した。ヤカンの湯気は、勢いを増しているように見える。

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