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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第2章 揺れる心

 いけない、いけない。子どもに心配をかけては駄目だ。
 萌は懸命に自分に言い聞かせた。
 それでも、どうしても瞼には祐一郎の面影が浮かんでしまう。それを子どもに悟られまいとすると、いつもよりは不自然なハイテンションになるのは致し方なかった。そんな母を萬里が心配そうに見ているのにも萌は気付かない。

 その夜半、萌はシャワーを済ませて、風呂場から出てきた。夫の史彦の帰宅は大抵、十二時近い。営業という仕事柄、色々と付き合いもあれば、時には残業で遅くまで会社に居残っていることもあるのだ。
 だから、夕食はいつも娘たちと先に済ませておく。その日、史彦が帰ってきたのは午後十一時で、常を思えば早かった。萌は冷めたハンバーグを温め直し、史彦の食事が終わるまでは甲斐甲斐しくキッチンで動き回る。
 その日はどういう風の吹き回しか、萬里が後片付けの皿洗いをしてくれるというので、萌は後を任せて風呂場に直行した。
 こんな時、やはり娘は良いと思う。子どもを持つ前、萌はできれば、息子と娘一人ずつ欲しかった。しかし、他人は
―男の子よりは女の子の方が絶対良いわよ。
 と言う。成長してからも話し相手になるし、家事を手伝ってくれるから―というのがその主な理由だった。
―息子なんて、やんちゃで乱暴で、女親にはついてゆけないわ。思春期になったら、途端に母親と口も利かなくなっちゃうしね。その点、萌は良いわね。可愛い娘が二人もいて。羨ましいわ。
 息子を持つ友人が嘆息していたのを思い出す。普段は特に娘だ息子だと意識したことはないけれど、たまに後片付けや洗濯を手伝ってくれるときは、この友人の科白が頭をよぎるのだった。
 熱いシャワーを頭から浴びると、生まれ変わったような気分になる。まだ濡れた髪の毛を萌がタオルで拭きながら廊下を歩いていた時、リビングのドアがほんの少し開いているのに気付いた。隙間から僅かな光が漏れている。
「ねえ、パパ、やっぱり、ママって、最近少し変だよ」
 突如として聞こえてきた言葉に、萌の脚が止まる。

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