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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第2章 揺れる心

 そのときだった。
 ふいに発信音が途切れ、女性の声が聞こえてきた。
―もしもし。
「あ、あの―」
 萌は絶句した。祐一郎ではなく、全く別の人間が出ることなど想定していなかった。
―もしもし、田所でございますが?
 受話器を通して聞いても、可愛らしい声だった。萌は、その声の持ち主を咄嗟に思い描いていた。色の白い、清楚な感じの女性―、歳は三十歳くらい。美男の祐一郎の隣に並んでも遜色のない、可愛らしくて美人の奥さんだ。
 萌は、何も言わず電話を切った。
 なんて馬鹿な私。
 自分で自分を嘲笑わずにはいられない。三十六歳の祐一郎が独身でいる可能性は限りなく低いはずなのに! その歳であれば、結婚していたとしても何の不思議もない。
 なのに、萌は彼が家庭持ちだとは片々たりとも考えていなかったのだ。
 萌の脳裡に一つの考えが浮かぶ。
 多分、今、祐一郎は自宅にいるのだろう。或いは自宅ではなくても、彼の傍には奥さんがいる。彼が妻と呼ぶ女性が。
 萌は子どもたちが塾から戻ってくるまで、自分が何をしていたのか憶えていない。気が付けば、真っ暗な部屋で灯りもつけないで、ソファに座り込んで膝を抱えていた。
「ただいま、ママ、どうしたの?」
 萌は緩慢な動作で立ち上がり、リビングの灯りをつけた。
 萬里がまた心配そうな顔で見上げている。
「ごめんね、ちょっと頭が痛くなっちゃって。ボウッとしてたみたい」
 それでもなお不安を訴える子どもの顔から眼を背け、萌は空元気を装い声を張り上げる。
「さあ、ハンバーグを温めなくちゃ。萬里と芽里も手伝ってくれるでしょ」
「ママ、私はサラダをお皿につけるから!」
 芽里がはしゃいだ声を上げた。まだ七歳の芽里には、萌の微妙な変化は判らないらしい。上の萬里は既に十一歳になっているだけに、母親の様子がいつもと違うことを敏感に察知しているのだろう。
「ママ―」
 何か言いたそうな萬里の肩を萌はポンポンと軽く叩いた。
「もう平気。萬里と芽里の顔を見たら、元気出たし。頭痛もあっという間に治っちゃった」

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