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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第3章 雨降りの向こう側には

 いいや、判っていた。最初から、萌は祐一郎と同じ世界になどいなかったのだ。十日前のあの日、ふとした偶然が重なって、萌と祐一郎のいる世界がほんの一瞬、交わっただけ。
 いつしか外には絹糸のような雨が降っていた。萌は傘もささず、一歩雨の中に踏み出す。
 眼の前の純白の紫陽花が雨に打たれて、しっとりと潤っている。萎れていた葉も鮮やかな緑に甦り、生き生きとして見える。
 数歩あるいたところで、舗道の向こう側から歩いてくる人影に眼を瞠った。見上げるほどの長身、長い脚。さらさらとした癖のない前髪を無造作にかき上げる仕種。
―祐一郎さんッ。
 萌は叫び、駆け寄ろうとする。
 しかし、よくよく見れば、その人が祐一郎であるはずがなかった。確かに歳格好は似ていないこともないけれど、面立ちは全く違う別人だ。すれ違う時、その男性が萌を怪訝な顔で見て通り過ぎた。
 それも当然だった。強い雨ではないにしても、ずっと雨の中を立ち尽くしていたのでは頭からずぶ濡れになる。傘も差さず、雨の中に茫然と立っている萌は自分では気付いてはいないが、かなり目立った。
―大勢の人の中から、何かの縁でその人が僕に写真を撮って貰いたいと思って、わざわざ足を運んでくれる。それって、凄いことだと思うんだ。だから、僕もその縁を大切にしたい。僕に写真を撮って欲しいと頼んだことを、その人に後悔させたくないんだ。
 あのひとの言葉が耳奥でこだまする。
 それに対して、萌は何と応えたのだったか。
―ここに来て、お話を聞いている中に、良い加減な生き方をしてきた自分にやっと気付くことができたような気がします。どれだけできるか判らないけど、私ももっと真剣に生きてみようと思います。
 縁、縁―、萌は心の中で何度も繰り返した。教えて、祐一郎さん。あなたの言ったように、私とあなたが出逢ったことは本当にただの偶然じゃないの? 何らかの縁があったから、私たちは出逢い、ほんの一瞬でも貴重な時間を共に過ごすことができたの? たったそれだけの縁でも、私たちが出逢えたのは偶然じゃないのね。
 むろん、瞼に浮かんだ彼が応えてくれるはずはない。
 何故なら、その応えは、自分こそが見つけなければならないものだから。
 帰ろう、私のいるべき場所に、私を必要としている人たちがいる元の世界に。

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