テキストサイズ

逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第4章  闇に響く音

―突然に電話して、ごめんね。史彦さんにも謝っといて。
 唐突に電話を切りそうになった亜貴に、萌は慌てて追い縋るように言った。
「本当に大丈夫? まさか、その―」
 言い淀む萌に、従姉が涙混じりの声で言った。
―私が自殺したりするタイプだと思う?
「ううん、思わない」
 昔から、亜貴は、はっきりとした性格の子だった。可愛がっていた猫が老衰で死んでしまったときも、泣くだけ泣いたら、けろりとしていた。とことん執着はするけれど、事が終わった後、未練は残さないタイプなのだ。
 その点、のめり込むことはないが、後を引く萌の性格とはまるで正反対。だからこそ、萌と従姉は今でもこうして誰よりも解り合えるのではないかと思う。
「何だ、こんな時間に」
 隣で眠っていた夫が寝ぼけ眼で、眼をこすりながら呟いた。大手自動車メーカーに勤務する夫は萌とは二歳違いで、萌たちは昨今では珍しくなりつつある見合い婚だ。営業部長の肩書きを持つ夫は、今年の春、新企画の企画部長にも抜擢され、仕事にもやる気満々である。
 けして今風のイケメンではないが、誠実さと真面目さがウリで、穏やかな人柄は若い部下からも慕われるらしい。これで、得意の〝笑えない親父ギャグ〟の連発という悪癖がなければ良いのだが。
 夫は人を笑わせるのが好きで、とにかく、ギャグを口にしたがる。高校・大学時代は吉本に就職して芸人になりたいと本気で思っていたこともあるというが、吉本に行かなくて正解だったと言わざるを終えないだろう。
「今、何時だ? まだ朝の四時じゃないか。こんな時間に電話をかけてくるなんて、全く、非常識な奴だな」
 いつもは滅多なことで不機嫌な表情を見せない夫が珍しく不快感を露わにしている。
「ごめんなさい」
 萌は従姉の名前は出さずにひと言謝ると、もう一度眠ろうと眼を瞑った。
 しかし、なかなか寝付けない。
 枕許にセットしてある目覚まし時計は確かに、午前四時きっかりを指している。
 どうにも眼が冴えて眠れそうにない。萌は仕方なく布団から出た。花冷えという風流な言葉がぴったりの膚寒い四月の早朝で、パジャマの上にニットのカーディガンを羽織っただけでは足りない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ