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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第4章  闇に響く音

―どうせ、壺はいつかは割れるものよ。
 しかし、祖父が退職金の一部をはたいて買ったという壺なのだ。萌はどれだけきつく叱られるかと想像しただけで、もう涙が止まらなかった。
 割れた壺を見た祖父は白いたっぷりとした眉をぴくぴくとひくつかせたものの、結果として、萌たちは大声で怒鳴られることも、お尻をぶたれることもなかった。ただ、それからは祖父の収集した骨董品が飾ってある客間への出入りは出入り禁止になったことと、母と母の妹―つまり亜貴の母が二人で資金を出し合って、祖父の大切にしていた有田焼と似たような壺を買って返したということを後に聞かされて知った。
―ほらね、だから、私が言ったでしょ。叱られもしない中から、泣いたって意味がないって。萌ちゃんは、子どもの癖に苦労性なのよ。
 事後、亜貴は笑いながら萌に言った。その時、確か亜貴が八歳で、萌が六歳くらいだったと記憶している。
 元々の性格に加え、小学三年になったばかりの芽里は、まだまだ無邪気な年頃である。いずれこの子たちはもっともっと成長し、大人になれば自分たちの許を離れてゆく。
 そうなった時、自分は結婚当時同様、夫と二人暮らしに戻るのだ。史彦はけして女心をくすぐるような科白は口にしないし、それができるようなタイプでもないが、基本的に心遣いのできる男だ。まあ、あの笑えないギャグに付き合うのはいささか骨が折れるかもしれなくても、今のように適当に聞き流していれば良い。
 いつか亜貴がぽつりと洩らしていた。
―皆、私のことを仕事しか眼中にないキャリアウーマンだと思ってるけど、本当は結婚もしたいし、子どもも欲しいの。
 亜貴は広告代理店の総務課にいる。短大を出てからもうずっと勤続しているわけだから、立派なベテラン社員だ。結婚前は一般企業に就職していた経験もある萌だが、専業主婦となって久しい。
 そんな萌でも、結婚もせず、独身で同じ会社に二十年以上も勤め続けていれば、社内で耳にするのは賞賛だけでなく、不愉快な陰口も多いであろうことくらい想像はつく。四十三歳の亜貴は、既に立派な〝お局〟だった。
 そういえば、亜貴は四人の遊び仲間の中では、いつもお母さん役だった。祖父の家の隣に、やはり歳格好の似た姉妹がいて、亜貴と萌の丁度良い遊び仲間になったのだ。亜貴は幼いのに、妙にお母さん役が板についていた。

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