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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第5章 再会

 それが、丁度一年前の梅雨のある日、にわか雨に降られて咄嗟に飛び込んだのが、その写真館の軒先だった―。あまりに烈しい雨に、表まで様子を見に出てきた彼と鉢合わせ、萌は衝動的に〝証明写真を撮りにきました〟などと、全くのでたらめを口にしてしまった。
―大勢の人の中から、何かの縁でその人が僕に写真を撮って貰いたいと思って、わざわざ足を運んでくれる。それって、凄いことだと思うんだ。だから、僕もその縁を大切にしたい。僕に写真を撮って欲しいと頼んだことを、その人に後悔させたくないんだ。ああ、ここに来て写真を撮って良かったと思って貰えるような写真を撮る―それこそが僕の使命だと思うから。
 彼の言葉に、萌は何も言えなかった。
 真摯な瞳で語ったカメラマンに、萌は一瞬で魅せられた。相手は萌が彼をひそかに想っていることすら知らない―恋とも呼べない恋だった。ただ彼のことを考えているだけで切なくて、涙が出そうになった、あの日々。
 でも、ゆきずりの客にすぎない萌が彼に想いを告げられるはずもなく、ましてや、萌には夫と二人の娘もいた。
 それでも、なお逢いたくて、ひとめで良いから、もう一度だけで良いからと偶然を装って写真館を訪れた萌の前に突然、突きつけられた現実。
 祐一郎には、既に奥さんと子どももいて、丁度、その折も折、奥さんは二人目の子どもを早産しそうになって入院中で、彼は奥さんに付きっきりだと教えてくれたのは写真館のオーナー、つまり彼の伯父さんだった。
 あの日あの時、萌は彼への思慕をきっぱりと封じ込めた。
 あのひとと出逢った日のように、急に降り出した雨に打たれながら、夫や娘のいる〝日常〟へと戻っていった。祐一郎は、萌にとって、変わり映えのない平凡な日常にささやかな〝変化〟をもたらしてくれた。その変化は、もしかしたら、ときめきと言い換えても良いかもしれない。
 今から考えれば、萌は明らかに何か変化を欲していたのだ。毎日、決まった時間に起き、朝食を作り、夫や娘を会社と学校に送り出し、洗濯、掃除をする。出かけるところといえば、せいぜいが近くのスーパーか、ちょっと脚を伸ばしてみたところでバスに乗って駅前のデパートに行く程度。夕方までには大急ぎで帰宅し、洗濯物を取り込み、また夕食の支度をする。

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