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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第5章 再会

 毎日が判で押したような規正しい生活。では、何か不満があるのかと言われれば、何もない。夫は真面目でそこそこ優しいし、娘たちは成績は中程度でも、素直に育っている。
 何の不足もないんだけれども、味気ない生活がこのままずっと続いてゆくのかと思うと、時々、ゾッとした。
 私は何のために、生きているんだろう? 
 何でも良いから、この退屈すぎる幸せな日々に刺激をもたらしてくれるものはないか―。そういう想いが萌の心の奥底に全くなかったとはいえない。
 そんなある日、彼は萌の前に颯爽と現れたのだ。かといって、萌が彼に惹かれた理由が、刺激を求めていたからという浅はかなものだけではないことは断言できる。
 彼には、確かに他人を惹きつける雰囲気が備わっていた。それは、恐らく証明写真一枚撮るにも、プロの誇りと拘りを持って取り組む気迫のようなものに象徴されていただろう。
「萌―さん?」
 祐一郎の記憶にも、萌について残っていたらしい。彼は例の野村萬斎に少し似た端整な顔立ちに驚愕を露わにしていた。ラフになりすぎないノーネクタイ姿が粋で、似合っている。
 二度と逢えない、逢わないと心に決めていた男(ひと)だ。この一年間、写真館の前を何度通りかかっても、萌は中に脚を踏み入れようとはしなかったし、その近くで彼を見かけることはなかった。
 彼への想いを断ち切った日、写真館のオーナーは言っていた。祐一郎は大手の写真スタジオの専属カメラマンとして働いていて、普段、ここに来ることはないのだと。
 今、奇蹟的に〝日常〟と〝非日常〟が交わった。祐一郎は萌には、明らかに〝非日常〟の世界に属する人であった。
「親族席に座ってるってことは、萌さんは、新婦さんの親戚ですか?」
 まるで昨日の夕方、〝さようなら〟と挨拶して別れたばかりのような気軽さで話しかけられ、萌は少し戸惑う。
 もっとも、無理はない。彼にとって、萌は一年前、たった一度きり客として接した相手以上でも以下でもない。萌が勝手に一人で彼に淡い恋情を抱いていたにすぎないのだから。
 むしろ、ゆきずりの客にすぎなかった萌を彼が憶えていたことの方が不思議な気さえした。

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