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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第1章  出逢い

 その他にも、栃木にいる夫の両親、更には同じR市内に住む萌の実家、親戚と数え上げれば枚挙に暇がない。予め、そういった義理のある付き合いの欠かせない相手の名をメモにリストアップしておき、デパートでそれぞれにふさわしい品を選び配送まで頼んでおくのだ。
 その帰り道に偶然飛び込んだ写真館で証明写真を撮って貰うことになるとは流石に想像もしなかった。もしかしたら、萌はその時―彼をひとめ見た瞬間から、惹かれてしまったのかもしれない。だから、咄嗟に証明写真を撮りたいだなんて口走ってしまったのだろう。
 建物の中は、見かけよりは意外と広々としていた。写真館にはよく見かけるように、奥がちょっとしたスペースでスタジオ写真が撮れるような造りになっている。その手前にカウンターと思しき台、更に少し離れた場所に小さなガラス張りのテーブルとソファがあった。ソファの脇に鉢植えの観葉植物が置いてある。萌は見るともなしに鮮やかなその緑を眺めていた。
 萌がソファに座って待っている間、彼は手慣れた様子で撮影の準備をしている。
「はい、お待たせしました」
 男性がよく通る声で叫び、撮影が始まった。とはいえ、証明写真なので、すぐに終わる。それでも、萌には随分長い時間のように思われた。
「あれー、顔が硬いですよ」
 カメラの向こうから、ファインダー越しに男性が語りかける。
 証明写真なんだから、表情など、どうでも良いのではないか。一瞬思ったけれど、むろん、口にはしない。
 世間一般でも、証明写真は何か強ばった―引きつった顔で固まって映るのが相場と決まっている。いつだったか、萌がまだ高校生の頃、大学受験用に撮った証明写真を見て、まるで指名手配犯のようだとショックを受けたことがある。
 萌はできるだけ口角を笑みの形に引き上げる。
 と、今度は男性が片手を上げ、ひららと振った。
「うん、少しは良くなったけど、まだまだだな。お客さん、名前は?」
 は、と、萌は思わず声を出しそうになる。何で名前を訊くの? と思いながらも、問われるままに〝神崎萌〟と応えていた。
「じゃあ、萌さん―、いや、萌ちゃんでも良いか。萌ちゃんの好きな花は何?」

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