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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第1章  出逢い

 またまた思いがけない質問が飛んでくる。それにしても〝萌ちゃん〟だなんて、夫からでさえ一度も呼ばれたことがない。いきなり〝ちゃんづけ〟で呼ばれて少し退きそうになったものの、何故か悪い気はしなかった。
 〝萌ちゃん、萌ちゃん〟と呼ばれていると、まるでこの男とずっと昔から知り合いだったような気までしてくるから不思議だ。
「紫陽花」
 これも衝動的に口から出た言葉だった。萌は特にどの花が好きだとか思ったことはない。花はキレイだと思うし、嫌いではないけれど、特にどの花が良いという拘りはなかった。その時、咄嗟に紫陽花と口走ってしまったのは、やはり写真館の前で見た紫陽花の印象が強かったからに違いない。
「ああ、良いね。紫陽花、丁度、今の季節にぴったりだもんね。僕も紫陽花は好きな花の中に入るかな。僕は子どもの頃から、梅雨が大嫌いでねー、小学生から野球やってたから、練習できなくなるでしょ、雨だと。あれが嫌だったんだ。勉強が嫌いで、家の中でじっとしてるのがとにかく苦手な子だったもんで」
 その悪戯っぽい笑みに思わずこちらまでクスリと笑いが零れる。
 刹那、シャッター音が響き、閃光が眼の前で光った。
「あっ、今の表情はとても良かったよ」
 そのひと言で、彼が萌をリラックスさせるために、わざと先刻の話をしたのだと判る。
「その頃から、雨は嫌いだったけど、紫陽花は好きだったな。何かねえ、ホッとするんだよね。ずうっと雨続きの風景の中で、紫陽花が咲いてると、そこだけパッと華やかに見えるでしょう。そういうところが好きなのかな」
「判ります、それ。私も梅雨は苦手だけど、紫陽花は好きだもの」
 萌が勢い込んで応えたその時、またフラッシュが続いて二、三回瞬く。
「段々と顔が明るくなってきたよ。表情がやわらかくなってきたね」
 男性の声も心なしか弾んでいる。そんな和やかで愉しいやりとりが続く中に、撮影は終わった。元々、証明写真なので、さほどに時間はかからないのだ。
 早速映したばかりの写真をカッターで指定サイズにカットしてゆく。とはいえ、萌の場合は実際に証明写真が必要だというわけではない。心の中で後ろめたさを感じつつ、萌は適当に三センチ×三センチだと思いついた数値を言った。
 出来上がった写真を見せて貰った萌は、息を呑んだ。

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