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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第1章  出逢い

彼もまたプロのカメラマンなのだから、これは余計な科白だったかもしれない。萌は一瞬、後悔した。
 しかし、彼は真面目な顔で萌の話に耳を傾けている。
「確かにね、昔ながらの写真館はこう言っては何だけど、萌ちゃんの言うようなやり方だよね。〝はい、こっちを向いていて下さい〟
なんて撮して貰う人に言うのは、僕としては最も下手なカメラマンの部類に入ると思うんだけど」
 彼は笑いながら、長い前髪を無造作に手でかき上げる。さりげなくやっているなのだろうが、なかなか様になっているところが憎い。
 萌はいつしか話も忘れて、彼の整った横顔に見惚れていた。
「だって、そうでしょう。被写体に向かって、〝動かないで、じっとしていて〟なんて言えば、余計に固まってしまうだけだよ。それでなくても写真館に来たお客さんは一体どんな写真を撮られるのかと緊張のしっ放しだからね。そのお客さんの緊張をうまい具合に解きほぐして、できるだけ良い表情を引き出すのが僕たちの仕事だから。それも造り物の笑顔ではなくて、百パーセント自然に近い笑顔になって貰う、そのためには、まず僕が撮ってくれるお客さんと友達にならなくちゃ」
「友達?」
 私の声がよほど素っ頓狂だったのか、彼はまた笑った。
「そう、友達。もっと判りやすく言うと、萌ちゃんと僕。もちろん、今日、しかも、たった今、初めて逢ったばかりだけど、そんな風に思っていたら、当然、良い写真なんて撮れない。だから、こう仮定してみるんだ。例えば、萌ちゃんと僕はずっと付き合ってて、今、僕は萌ちゃんに頼まれて写真を撮ってる。もちろん、証明写真なんかじゃなくて、付き合ってる彼女のベストショットを撮るためにね。僕は萌ちゃんを彼女だと思ってファインダーを覗くし、萌ちゃんは僕を彼氏だと思って写真に撮られる」
「つまり、思い込むってことですか?」
 判るような判らないような論理だ。だって、口で言うのは簡単だけれど、たった今、逢ったばかりの相手を長年付き合っている恋人だと思うなんて、至難の業だ。
 彼は、うーんと難しい表情で首をひねった。
「まあ、確かに思い込みっていえば、烈しい思い込みには違いないんだけど、僕が言いたいのは萌ちゃんが言うのとは少し違う。思い込むだけじゃ、良い写真は撮れない」

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