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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~

第1章  出逢い

「えっ、これが私?」
 恥ずかしい話だが、思わず本音が洩れてしまった。二十二年前に撮った証明写真とは、あまりにかけ離れている。いや、振り袖でばっちりフルメークして撮った成人式の記念写真よりキレイだ。
 何というか写真の中に収まっている萌は確かに萌本人には違いないのだが、どこか別人のようにも見える。そこで、萌は漸くある一つの事実に思い至った。
 鏡を覗き込んで、色々と自分がキレイに見える表情を試してみることがある。多分、誰でもひそかに―特に女性であればしていることだろう。鏡の前で様々な表情を拵え、あらゆる角度から眺めてみる。そんな時、鏡に映る自分はきっと普段の自分よりは何倍か良い表情をしているはずだ。
 彼の撮ってくれた写真は、まさにその表情と同じなのだ。萌が鏡を覗き込んだ時、いちばんキレイに見える表情そのものを浮かべて、それもごく自然な笑顔で映っている。
「こんなことを自分で言うのも変かもしれないですけど、いつもの私より少しキレイに見える」
 本当は少しではなく、うんとキレイに見えると言いたかったのだが、流石にそれは控えた。何という自信過剰な女なのかと呆れられたくはない。
 彼は萌の言葉に破顔した。笑うと、野村萬斎似の貴公子然とした容貌がとても気さくな感じになる。
「そう言って貰えると、嬉しいなぁ」
「本当です、お世辞じゃありません。だって、証明写真って、これまでは固い表情で写るのが当たり前だって思ってたから。こんな風に笑って―不自然じゃない笑顔で映るなんて考えたこともなかったんです」
 眼の前の男性は小首を傾げた。
「そういうイメージがあるのは確かだよね。証明写真は用途が用途だけに、真面目な印象が大切というか、澄ました顔で写るのが今までの常識だったけど、僕は、そうじゃないと思うんだ。例えば僕が会社の人事だったら、履歴書を見た時、お堅いイメージの写真よりも自然体で笑っている人の方に好印象を持つと思うな」
「でも、そんな写真を撮るのは難しいと思います。私は正直言うと、昔から写真とかカメラは苦手なんですよ。写真館に来て、いざカメラの前に立つと、顔がさっきみたいに強ばって、後で出来上がった写真を見たら、高いお金払ってプロに撮って貰った意味がないじゃないと思ってしまうくらい、いつも悲惨な顔してます」

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