
天然執事はいかがです?
第8章 父からの手紙
暫くすると、アルトさんは食事を運ぶテーブルで夕食を運んできてくれた。
瞬間、部屋中に漂うとてつもなく良い匂い。
焼きたてのパンの香ばしい香り、たっぷりの香辛料で焼かれた肉、それにとろけるほど煮込んだ野菜にチーズをかけ、表面を少し焦がした匂いだ。
その匂いが鼻をつくと、だらしなく私のお腹が鳴った。
するとアルトさんは困ったように笑った。
私は腹の底から空腹だったようでじっと焼かれた肉塊を見ると、ひょいっと摘まんで食べてしまった。
飲み込んでから、良家の娘らしからぬことをしてしまったと気付く。
ヤバい、母さんの前でこんなことしたら確実にキレられてた。
あの若作りしている顔が鬼のように歪むところを想像すると、身の気が弥立つ。
すると、口を開け私の行動に驚いていたアルトさんはおかしくなったように笑い転げた。
その様子に今度は私があっけらかんと口を開ける。
「ダメじゃないですかお嬢様ッ
ちゃんとマナーを守って食べないと…!!」
左手の人差し指で目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。
私もそれにつられて、笑った。
ほんの一時、婚約の話なんて私は忘れていた。
このままアルトさんと笑っていられたら、と思った。
