
キラキラ
第30章 hungry 2
どうしてこんなことに……
立派なグランドピアノの前に座り、ぼんやりと鍵盤を眺めながら、先生たちが機材の準備をするのを待つ。
俺は、その間、坂本先生に渡された楽譜をもとに、時々、ワンフレーズ弾いては、指を動かす作業中である。
結局、最終ヨシノさんのペースに巻き込まれた形で、参加することになってしまった俺と大野さん。
しかし、本気で逃げ切ることも可能ではあった。
なにがなんでも嫌だと、押しきれば、そこは大人である先生たち。
そこまで無理強いはしないだろう。
……白状してしまえば……ピアノを弾くのは限りなく不本意だが、俺には、大野さんの歌声が聞きたい、という下心があった。
だから、迷った末に、少しなら、と了承したのだ。
その大野さんも、最初は拒否していたけれど、俺に弾けば、と言った手前、自分だけ逃げ切ることもできなかったようで、しぶしぶと、いった感じで、頷いたのだ。
急遽決まった飛び入り参加は、ビートルズの曲を三曲。
タイトルを確認すれば、過去に何度か、坂本先生の練習に付き合っていた曲だから、俺は、まあ問題はない……はずだ。
ちゃんと弾けるか、ちょっとだけ不安だけど。
そこは、素人だから多目にみてもらおう。
そして、初めて聞いたことだが、大野さんはビートルズが好きなんだそうだ。
昔から彼が好んで聴いてることをヨシノさんは知っていて。
過去に一緒にカラオケに行ったときは、それはそれはいい発音で美声をきかせてくれたって……そんなん聞いたら、ワクワクするじゃん。
ワンコーラスで、かわるがわる歌うことに決めたらしい。
大野さんは、仕方ないなぁというような顔で頭をかいている。
「ヒロシくんから、あと30分くらいでつきそうって電話があったわ。三曲でちょうどいいかもね」
ヨシノさんが、忙しく動き回りながら、坂本先生に声をかける。
ミニライブを楽しみにしているお客さんが、徐々に集まり始めていた。
ヨシノさんは、アルバイトの子たちと、オーダーをさばくのに、バタバタしていて、既にこっちは、坂本先生に任せたようだ。
先生は、この店でだいぶ前から活動してる みたいで、お客さんたちとも顔馴染み。
ライブというより、ホームパーティーのような、そんなアットホームな空気がここにはあった。
