
キラキラ
第30章 hungry 2
「櫻井…お互い…大変なことになっちゃったね」
ヨシノさんのとこに最終確認に行った先生の後ろ姿を目でおいながら、大野さんが、あーあ、と苦笑いした。
俺は、ピアノのまえで、はぁ……と、これ見よがしにため息をついた。
「ほんとですよ……俺、全然自信ないんすけど」
「またまた。っていうか、俺の方が心配……ヤジとかとんできたらどうしよ」
「……そんな、程度の悪いお客さんは、ヨシノさんの店にはいないでしょ」
「ん~まあ、そーだけど……」
「俺……でも、大野さんの歌、楽しみなんです」
「やめてよ……たいしたことないよ」
ひそひそ笑いあっていたら、先生が颯爽と戻ってきた。
その顔は、生徒の前で見せるコミカルな顔とも、
準備室で見せるくたびれた顔とも違う。
いわばアーティストな顔をしていて。
ドキリとするほど、精悍でかっこよい。
先生は、指でちょいちょいと、俺らをよび、自分の横に立たせた。
よろしくな、というように、目配せされ。
俺らは、コクリと頷いた。
「……えーと、すみません。相方の長野が事故渋滞にはまってしまい、少しだけ遅れます。その間、彼らが飛び入り参加してくれたので、三人でお届けしようと思います」
室内用のマイクで、先生が口火を切ると、ざわざわしていた店内は、すっと静まり返った。
坂本先生の横に、立つ俺らを、フロアに50人くらい集まったお客さんが、物珍しげに見つめてくる。
やっべ……ドキドキしてきた
俺がひきつった顔をしているのに気付き、坂本先生は、ふふっと笑って、声をはった。
「この店の店長、ヨシノさんのお孫さんである、大野智くんと、その友達である櫻井翔くんです。皆様、広い心で一緒に楽しんでくださーい」
俺らがペコリと礼をすると、フロアには温かい拍手が鳴った。
ドキドキドキドキ……。
心臓が飛び出そうだ。
バスケの決勝戦でもこんなに、緊張しねーよ……。
吐きそう……。
ふーっと深くため息をついたら、ふいに右手をギュッと大野さんが、握ってきた。
少し震えてる俺の冷たい手を、温かな手のひらが包む。
驚いて顔をあげたら、大野さんが、ニッコリ笑って頷いた。
まるで、大丈夫だよ、と言われてるみたい。
俺の鼓動は、緊張のそれから、恋心のそれに一瞬で、すり変わった。
