ビタミン剤
第1章 ビタミン
「ううん。
クリームは変えてないよ、えへへ。
実は翔ちゃんにだけお土産があるんだ。」
俺に手を握られてる智くんが
背後からゆっくりとした足取りで
正面に来てくれて、
向かい合いって立ってくれる。
俺は智くんを見上げることになる。
智くんが上着のポケットをさぐり
取り出したのは
さわやか香りを放つ果実。
それを両手で差し出してくれた。
手の平にのせられてるのはとても
あざやかな色をした大ぶりの蜜柑。
「えへへ。これ、昨日ロケの途中で
おいらが捥いだんだ。
いつも忙しく頑張ってる翔ちゃんの為に
ビタミンCとって翔ちゃんのお疲れを
吹き飛ばしもらおうって思ってさ。」
「1番大きくて、1番美味しそうで
1番きれいな色の蜜柑を選んだからね。
ハイどーぞ。」
「あ、うん…ありがと。」
「ほら見て見て。
なんかてのひらの中にある
ちっちゃなお日様みたいでしょう。」
なんでこの人は、どうしてかな。
智くん、貴方って人は。
いつも変わらないまっすぐなそのままの
優しさで包んでくれるのだろう。
智くんの笑顔がお日様そのものだと
いつも思ってた。
その眩しさは絶対に触れてはいけない
ものだと。
俺なんかが汚しちゃいけない。
ずっとそう言い聞かせてきた。
「智くん、マジでありがとう。
俺、今めちゃくちゃうれしい。」
今朝からずっと続いていたもやもや
してた気持ち、鬱々としてた感情が
智くんが運んできてくれた、
爽やかな香りと、
あざやかなお日様の色をした果実が
ぜんぶ吹き飛ばしてくれた。
でもそれは
智くんが届けてくれたから。
俺だけの為に、
この最高の一つを選んで持って
きてくれたお日様の色した果実。
その事実がなによりうれしかった。