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ビタミン剤

第1章 ビタミン




「昨日のロケ先でね、
蜜柑畑がたくさんあったんだ。
それ見たらどうしてもさ、おいら
自分で捥ぎたくなって、
お願いして一つだけ捥いできたんだ。
この蜜柑ね、
車の中でもずっと触ったりしてて
すりすり、さすさすしてたら
すっかり可愛くなってさ、
ほら見て見て
翔ちゃんの顔まで描いちゃった。
家帰ってからもこの翔ちゃんミカンに
ずっと話しかけてたんだ。
見て見て、翔ちゃんに似てるでしょ。
かっこいいし可愛いでしょ。」


蜜柑がくるりと方向転換されると
そこには凛々しく笑う
誰かによく似合た顔があった。



智くんの極上の優しさが身体中に
染み込んでくる。
うれしさを隠すようにわざと
大きな声で言い返した。



「なんで蜜柑に俺の顔かなぁ。
ってこんなことしたら
貴方食べづらいでしょうが!」


「だってさ、だって。
めっちゃ可愛いくなっちゃったもん。
それに昨日はずっと翔ちゃんがそばに
いてるみたいで。
いっぱい話しかけたりできたから
1人のロケも寂しくなかったし
うれしかったんだ。」


智くんのはにかむ笑顔に少しだけ
寂しさが見え隠れしている。
そんな笑顔を作らせてるのは、
たぶん俺のせい。


毎日が忙しくて
日々が分刻みのスケジュール。
でも俺の中でそのこと全てを
消化していく
達成感、充実感に
やり甲斐を感じたフリをして
自分を納得させていた。


たぶん想いは通じ合ってる。


だけど

今以上の関係性が発展したり
進展することに足踏みをしていた。

だって、俺はこんな性格で
自分本位に自己中で、
純粋な智くんを振り回して
悲しませたり
壊してしまったりするのが嫌なんだ。



そんなズルい言い訳を
ずっと自分に言い聞かせてきてた。





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