ビタミン剤
第18章 宵待ち草
「ごめんね、かず。」
「…なんで
なんで、電話してくれなかったの…」
くぐもってる声は毛布の中から。
「時間も時間だったし、それに携帯の充電も切れてて、ほんとにいろいろ重なっちゃったんだ
ほんとにごめんね、かず。」
甘い香りはきっとフレンチトースト
翔ちゃんの唯一得意になった料理。
お腹の虫も泣き出しそうだけど、俺だって泣き出したいくらい恥ずかしいんだから。
「かーず機嫌直してよ、ほんとに本当にごめん。」
ベッドのスプリングが軋んで毛布ごと抱きしめられてる。剥がされた毛布から顔を出すと、すっごい寝癖だよって笑って頭を撫でてくれる。
頬をくっつけて甘えるようにすりすりしてくる仕草、普段は剃り残しなんて絶対にしない翔ちゃんの肌が珍しくザラザラした感触。
たぶんこの先ずっとニュース番組を続ける翔ちゃんが髭なんて生やすことはまずない。
ましてや剃り残しとか、無精髭なんてあり得ない。
このザラザラした感触は俺だけのもの。
そう思えると嬉しさが込み上げてきた。
だけど、翔ちゃんの腕の中で聞かされた旅の結末はおだやかな内容じゃなくて、衝撃と驚きとか同時に込み上げてしばらく言葉が出なかった。
リオから離れた会場近くでの爆破騒ぎ。
そのときに偶然移動の最中だった翔ちゃんたちも
騒ぎに巻き込まれそうになったこと。
はっきりと聞こえてきた爆破音に銃撃戦の音。
現地のスタッフが機転利かせてなんとかキャンセルが出た席を確保してマネージャーと翔ちゃんの2人で急遽予定切り上げて帰って来れたらしい。