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月の降る夜に

第1章 その出会いは日常の崩壊

シャナリ、シャナリと輿が進む。

薄い紗では遮られなかった西日が手元を明るくしていた。

今読んでいる書物は兵法三十六計。

今年で十六になる年頃の娘が読むようなものではないような気がするが、これは皇族としての嗜みだ。

国内視察を兼ねたこの旅が終われば、私も晴れて初陣。

二十二ある州の内、今まで回れたのは六州。

まだまだ。

十五から旅に出て、二十までに初陣するのがこの国の習わし。


我が国、黎明(リーミン)は私が生まれるずっと前から隣の国、ディスラと戦争をしている。

砂漠民の国(シャムレン)とも呼ばれるディスラ。
皇族は野蛮で不浄、悪趣味な悪魔のようなものたちだと聞く。

真偽はともかく、不浄なのはその通りなのだろうと思う。

黎明(リーミン)には現在、公子が三人、公主が一人いるだけだ。

だがディスラには皇子が四十三人も存在する。
皇女はいないそうだが、身分も近親相姦も気にせず、誰かれ構わず孕ませていった結果だという。

聞くだけで耳が穢れそうなことだ。
ゾッとする。

「…………釜底抽薪」

なんとなく呟いて溜息をついた。

「敵軍の兵站や大義名分を壊して、敵の活動を抑制し、あわよくば自壊させる、ですか。……陵月(リンユェ)様、溜息なぞつかれてお疲れですか?」

輿の横で歩いている側仕えの花繚(ファーリャオ)。

ぬばたまの艶やかな髪とお揃いの瞳をもつ年下の彼女は、誰が見ても文句なしで可愛いというだろう。

黎明(リーミン)では異端である、栗色の髪と翠の瞳をもつ私とは大違い。黒い髪は羨ましい。

自分の髪と瞳が嫌いなわけではないが。

今日の衣は私が選んだ、薔薇色の下衣に若菜色の上衣、月白の羽織と薄桜の領巾の襦裙姿だ。

我ながら良い選択だった。

「…………ェ様、陵月(リンユェ)様、どうかなさいました?」

「あ、とごめんなさい。……そうねぇ、日も傾いてきたし、今日はこの辺で野営にしましょうか」

あたりは村ひとつ見えない荒野。

宿なぞあるわけがなく。

しかも今日は新月に限りなく近い、繊月。

日が暮れれば篝火なしには何も見えなくなるだろう。

早めに天幕を立てた方が良い。



輿を止めさせ天幕を張るよう指示を出した。




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