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月の降る夜に

第1章 その出会いは日常の崩壊

天窓から放射状に伸びる梁。

その下に続く柱には斜にかけられた格子状の骨組みが覗く。

羊の毛で作られた暖かなフェルトをふんだんにかけられた天幕の内は暖房など炊かなくとも寒くない。

今日は特に月の冷たい光が少ないからかいつもより暖かい気がした。


この様式の天幕は、元はこの国のものではない。

だが、機能性の良さから、北の民族から買い上げたのである。

壁にかかっているお守りなども当然異なるもので、みていて面白い。

例えば、蜘蛛の巣のように色とりどりの糸を掛け合わせた円形のものに、鷹や鷲などの羽を玉飾りなどとともに付け、ぶら下げる形のもの。

あれは夢を取るというお守りらしい。

それも悪い夢を。

御伽噺のようで、可愛らしいおまじないだと思う。


整えられた寝台を照らすのは、隣の箪笥に置いてある一つの小さな蠟燭。

細やかな細工が施されたその蠟燭と、星の瞬きのみが今宵の灯り。

香炉には安眠できる香を焚いている。

今夜は早く寝よう。

寝台に入り、毛布にくるまったらものの数秒で眠りの世界へと誘われていった。


■□◆□■


金属の擦れ合う音と、激しい怒号に目を覚ました。

見ればまだ星もそんなに動いておらず、蠟燭も多少短くなっているだけだった。

つまりはあれから少ししか時が経っていないということ。

飾り棚に置いていた剣を一振り取り出す。

柄をぎゅっと握りしめ鞘を抜いた。

ギラリと白刃の刄が怪しく光る。

カタカタと鍔鳴りがした。

鍛錬は怠っていないが、本当の斬り合いはやったことがない。


怖い。


左の拳を一際強く握りしめて眉間に当てた。

足も手も小刻みに震えている。

でも。

でも、闘わねばならないときはある。

早く、速く、行かないとっ………………。

花繚(ファーリャオ)を助けないと。

あの子は………、あの娘だけでも…………。


眼から滲み出た水のせいで視界がぼやける。

パチ、パチリと火が舐めるような音が聞こえた気がした。

怖くて、怖くてたまらない。

人を殺したことなんてない。斬ったこともない。

…………けれども。

滲む涙を無理やり拭って、震える足に喝を入れた。

目を強く瞑り、柄を握り直して、天幕のドアを押す。

どんな惨状になっているかと目を開けるとそこは、





火の海だった。

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