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君が桜のころ

第2章 花影のひと

清賀は鷹揚に笑った。
「…これは驚いた。…まさか、お目に掛かったばかりの綾佳さんに対して、性急に結婚を迫るなど…私はそこまで無礼者ではありませんよ。
…それに…私は綾佳さんをそのような対象で拝見してはおりません」
凪子は怪訝そうに美しい眉を上げる。
「…それでは、清賀様にとって綾佳さんはどういう存在なのですか?…どうしてお屋敷にご招待されたのですか?」
矢継ぎ早の質問に、清賀は嫌な顔一つせず、ふと綾佳を見つめると…そのまま優しく、少し切ない表情で遠い追憶の中に入っていった。
「…私は綾佳さんのお母様、綾子さんに憧れていました。…綾子さんは私の初恋の方なのです…」
綾佳が長く濃い睫毛を瞬き、驚きに瞳を見開く。
「…お母様を…?」
「…ええ、お許し下さい。昔のお話です。…綾佳さんがお生まれになるより以前の…。…私は父に伴われ、何度か九条家をお伺いしたことがございます。…その時にお目に掛かった綾子さんに、一目で恋をしてしまったのです。
…綾子さんはこの世の人と思えぬほどに美しく臈丈て、優雅な貴婦人でいらっしゃいました。…まだ少年の私が恋をしてしまうのは当然の理だったほどに…」
…目の前にいるのは、その初恋の人と生き写しにすら思えるほど酷似した美しい少女だ…。
清賀の胸は初恋の頃のようにときめく。
熱く愛おしい気な眼差しで見つめられ、綾佳は困ったように俯く。

…お母様をお慕いしてくださったことは嬉しい…
でも…私は…。
綾佳の気持ちを察したかのように、清賀は優しく取りなす。
「ご安心ください。私は綾佳さんに結婚を迫るつもりはありません。…ただ、綾子さんの忘れ形見の綾佳さんとこれからも…できれば頻繁にお会いして、お話をしたいのです。…九条夫人、私にその機会を与えていただけないでしょうか?」
丁寧に願い出る清賀に、凪子はきらりとした美しい瞳を充てる。
「清賀様の美しい初恋のお話は、よく分かりましたわ。…けれど、貴方が今後綾佳さんに恋をしない保証は、どこにもないわ。…綾佳さんはこんなにもお美しいのですよ」
煽るように綾佳の腰を抱きしめる凪子に、清賀はなんとも言えない寂寥感に満ちた表情で薄く笑った。
「…それだけは決してないのですよ…九条夫人。…不本意ながら…」


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