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赤い糸

第14章 大切な時間


期待なんて全然していなかった。

「京介さんの先輩って…何者ですか?」

今私の目の前には立派な門構えをした純和風の建物が存在した。

「彼女と来るなら普通こんなもんだろ。」

圧倒されて固まっている私の手を京介さんが掬いあげると

「ほれ、行くぞ。」

なんの躊躇もなく門を潜った。

見事なまでに手入れされた日本庭園を抜けるとそこは格式あるいかにもな高級旅館。


「こちらのお部屋になります。」

品のいい仲居さんに部屋まで案内してもらうと

「…素敵。」

二人で使うには広すぎるほどの和室からは日本庭園がまるで一枚の画のように見えた。

私は吸い寄せられるように窓まで歩いていくと

「こちらに露天風呂も付いておりますのでいつでもお入りください。」

…ろ、露天風呂?!

そう告げてから夕食の時間やら大浴場の案内をして仲居さんは部屋から出ていった。

窓の前で頭を整理する。

露天風呂付きってことは…そうだよね。

京介さんが大浴場だけで満足するわけもないし、別々に露天風呂に入ろうなんて言うわけもない。

…あぁ、記憶を無くす前の私よ。あなたならこの状況をどううまくクリアした?

まだ誘われてもいないのに溜め息を溢す私を

「緊張してんだろ。」

「い、いぇ!別に…」

京介さんは見透かしたように後ろから抱きしめる。

「先に言っとくけど、露天風呂は絶対一緒に入るからな。」

「…ですよね。」

で、釘をグサリと刺される。

そんな私を見て京介さんはクスクスと笑いながら

「おまえはやっぱり璃子だな。」

「へ?」

「うん。璃子だ。」

何を言い出すんだろうかと思った。私は私であるのにって…

*

「記憶を無くしておまえは前よりずっと積極的になったって知ってた?」

俺しか知らないことを璃子に話してみる。

「そ、そうなんですか?」

「俺との時間を取り戻すためなのか…前に比べたら雲泥の差。おまえは自分の意見を言えるようになった。」

前と違うと言うとおまえはきっと気にするだろうけど

「いい女にパワーアップしてた。」

伝えたかった。

「俺には勿体無いぐらいだよ。」

璃子が廻した俺の腕に手を添える。

「…言い過ぎですよ。」

頬を染めながら振り向くおまえにキスをする。

「好きだ…大好きだ。」

俺を刻むように何度も何度もその甘い唇にキスを落とした。

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